協定締結
王国と共和国、それに帝国での新協定締結は、様々な要素が絡まり合い、リルウの気をやきもきさせた。
まずは、場所の選定だ。
三国は、王国と帝国、帝国と共和国で隣り合っている。中立国家なんていうものがあればいいが、この大陸にはそんなもの存在しない。海を越えれば存在はするが、遠く国を離れている間に、国家転覆(この場合の国家転覆は、言及はされないが、内と外からの攻撃という意味)などということになったら、泣くに泣けないことになる。
正直、自国で結びたいくらいなのだが。
「帝城で締結できたら良かったのですが」
このたび、新皇帝になったラミュエルが、翡翠の瞳を憂いに沈ませる。こう言われて「それならうちの国で」と言い出せば、警戒していることが丸わかりである。
華やかなりし帝城は、憎き男によって、一部が焼け焦げている。三国の記者を集めるつもりなので、どうもそこは具合が悪い。無事なのは、王国の王城と、共和国の大統領府である。
ラミュエルに倣って、あくまでもリルウも両手を放すポーズ。神妙に言う。
「王国も、今や異常気象に見舞われているので、協定の場には向かないかもしれません」
「……」
「……」
リルウの発言に、なぜか黙り込むラミュエルと、共和国のスェル大統領。二人は視線を交わし合い、何も言うまいと決めたようだ。
スェル大統領が口を開く。
「それならば、やはり、共和国ということになるのでしょうか。ですが、お二人を自国から離れさせるのは、いささか気が重いといいますか……」
と、
「それならば、ここで締結してはいかがですか?」
会話に入ってきたのは、今やリルウの右腕たる、ブラン・ルージュ内務省秘書官である。「ここ」とは、まさしくこの場所で、少し帝国文化が入り混じった帝国領地・ヒルレアンである。
三人は、顔を見合わせた。
かくして、帝国領地のヒルレアンにて、三国協定の締結が行なわれることになった。
協定の前、リルウは閣議にて、“作戦会議”を行なった。
軍部は戦争したがりなので、そもそもが協定締結に反対。既に決まっていることを議論する気は無いが、かといって、外交に軍部を関わらせないのは悪手である。
そこで、事前に外務大臣であるレオンと協議の上、いちばんまともな人材を閣議の場に、軍部代表として上がらせることにした。
いちばんまともな人材は、スピレード元内務大臣の置き土産である。
その際、こちらに都合が良い人材だと思われないための細工が必要だった。それには、財務省のマルクス財務大臣の力を借りた。
「こちらの非を認めれば」
彼は、閣議の場で、難しそうな顔をして言った。
「いえ、共和国の品性を疑うわけではありませんが。今回の締結で、ますます資金協力を請われるのではありません、かな?」
「ええ。品性のある無しに拘わらず、共和国は常に資金難に喘いでいますので、もっと資金協力をしろと言ってくるでしょう」
もちろん、これは台本である。マルクス財務大臣の演技は、はっきり言って壊滅的だったが、これまで穏やか一辺倒だった彼が反対意見を言う違和感で相殺したようだ。閣議の場がざわついた。
「ですが、これを機と捉えることはできます」
そこで、リルウは裏協定を認め、新協定を認めることのメリットについて話し出した。それが、帝国との補填金(賠償金ではない)の折半案である。
「これをすることで、現在共和国に約束している資金提供の負担を減らすことができます。帝国との共同出資にすることで、共和国としても必要以上にこちらに協力を要請することもないでしょう」
事前に擦り合わせておいたものとは少し少なめの概算額を提示すると、マルクス財務大臣が、やはり台本通り、それより多い額を提示してくれる。
「これならば、各省、各部への予算も増やすことができそうですな」
演技は大根であるが、他ならぬ財務相のお言葉である。スピレード大臣の置き土産は目を光らせ、傍目には、軍拡を呑んで協定を呑む形に見えるだろう。
各省の、渋々出てきたといったような人々も、この話には前のめりになってくれた。この前提ができれば、あとは、どこを呑んで、どこを呑まないかを決めるだけだ。
協定の締結は、驚くほど順調に進んだ。
順調とはいっても、各国の代表同士、清濁合わせ呑んだ結果であるが、それにしても、近頃表舞台に立ったばかりの小娘にしては、重畳の結果ではないだろうか。
争点は、帝国との折半でどれだけ搾り取られるか、資金協力を補填金へとすり替えられるかであったが、これには、大統領自ら「王国だけに資金協力をされたとあらば、また火種になりますから」とありがたい言葉をもらった。
ラミュエルにも、「補填金を渡すことが、姉の名誉回復にも繋がります故に」と、補填金の折半を快諾してもらった。
事前準備に反して、驚くほど簡単に、新協定ならぬヒルレアン協定は締結されたのである。
拍子抜けしながら王国に足を踏み入れれば、待っていたかのように、風が吹いた。夏だというのに、肌を刺すような寒さが身を襲った。
リルウは、眉を顰めた。
「この異常気象は、どこから来るのかしら」
まるで、愛しい人をさらわれ、荒んでいる自分の心情のようだ。そう思いながら、話し相手たるレオンを見ると、レオンは生温かい目でリルウを見つめ返し……
「「はぁーっっ」」
それぞれ、自国に帰ってから、スェル大統領はレデン副大統領に、ラミュエルはリーザに泣きついた。
「「リルウ陛下、怖かった」」
本人は気付いていないが、協定の場は、恐ろしいほどにひんやりとした空気だった。それは緊張感ではなく、ひとえに、幼い女王が無意識に出す冷気のせいである。
……そう。
真夏の王国が、突如として異常気象に見舞われているのも同じ。一国の気象に干渉するほどの氷魔術を、あの女王が無意識に使っているせいなのであった。




