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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
赤い目の神様
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番外編 最上の不幸

今日も、分厚い本を持って、ベッドの上の母に会いに行く。少年が母に会えるのは夜だけで、太陽の昇っている間は会えない。母は重い病気で、それを治すために、日中は宮廷魔術師である父と、病気を治す方法を探している。


簡素な室内で、少年は、赤い目を輝かせて、母に読み聞かせをせがむ。天才と言われる少年は、もっと難しい学術書を読むことができるが、母の前では、賢さを投げ捨てていた。少年は、悲しい生き物だった。馬鹿のふりをしなければ、家族一人にすら甘えられない、そんな生き物だった。


「あらあら、また来たの? お勉強は?」

「勉強の息抜きに、だよ!」


母のベッドに潜り込み、少年は、前の晩に読んでいたページを一瞬で開こうとして……少しページをずらして、「どこだっけ?」と首を傾げる。


母は、少年のそんな様子に、気付いているのかいないのか、白く細い指先で、日に焼けた絵本を数枚めくり、「ここだったわね」と教えてくれる。


「神様が地上におりたときの姿は、ミルク色の、靄のような姿でした。私たち人間のように、目も、耳も、鼻も、口もなく、ただ地上をさまようだけの靄です。靄って、わかる?」

「朝によく見る奴だよね」


答えると「そうそう」と頭を撫でられる。馬鹿のふりはしたいが、あまりにも馬鹿だと見捨てられてしまいそうなので、ちょっと賢ぶった少年は、くすぐったそうに笑った。


「靄として地上をさまよっていた神様は、いっこうに、自分の目的を達成できませんでした」


自分の目的。


ここでいう目的は、自分を消すこと。すなわち、死である。神は、地上に死にに来たのだ。


「あるとき、神様は、靄の自分に話しかける不思議な存在に出会いました」


その人間と出会ってから、その神様と出会ってから、不幸せな物語は始まる。


「“目がないのなら、私の目をあげましょう”、そう言って、その人間は、自分の右目を神様にあげました」


馬鹿な話だ。神様は、なんでも持っているというのに。


「セブンス?」

「ううん、なんでもないよ」


いけない、いけない。眉間の皺を揉みほぐして、セブンスは、明るい笑顔を作った。


実を言うと、この絵本の続きはもう知っている。


なぜなら、他ならぬこのひとが、一週間前に読んでくれたからだ。でも、このひとはもう、そんなこと忘れている。少しの間だったら覚えていられるけれど、長い記憶はもう難しい。自分の名前や、夫の名前、そして子供の名前を覚えていられるのは、きっと、神様とやらがくれた奇跡なのだ。そんな奇跡、くそったれな代物に過ぎないのだけれど。


「だから、貴方の一族は、神様と同じ赤色なのよ。素敵な赤色。生まれたばかりの太陽みたい」

「たいよう……」


生まれたばかりの太陽ほど、この色は綺麗なものじゃない。母に頬を撫でられながら、セブンスは物憂げに瞳を沈ませた。


「あらあら、難しいことを考えてるのね?」

「わかるの?」

「貴方のことなら、なんでもね?」


片目を瞑った母は、絵本の続きを読み始めた。


「……“右目をくれたお礼に、なんでも与えよう”と神様は言いました」


そうして、人間は魔術師になる。魔法をもらって、だけど、魔術師を名乗ったのだ。


「大きすぎる力を恐れた魔術師は、魔法の力を弱めて、人を幸せにする旅に出ました」


だから、嘘を教えた。


蒼色の目を持った青年が、強大すぎる力に溺れて不幸にならないように。

死者を蘇らせようとする青年に、神が全てを操っているのだと吹き込んだ。


「本当のところ、魔術師は、お礼なんていらなかったのです」


片目で笑った神様は、魔術師の心に、とても温かいものを残してくれたから。魔術師はもう、とっくに幸せだったから。


人の笑顔で幸せになれる。セブンスの先祖は、それはそれは立派な人物だった。八百年前、ギリア王が聖剣を海に沈めた時のように、人間には扱えない強大すぎる力を秘匿したのである。 




その結果が、これだ。


「優しさなんて、何の役にも立たない。そうは思わないか?」

「ええと……」


幾分か成長したセブンスに、母だった人は、ことりと、首を傾げた。


「貴方……誰?」




おんなじ目をした奴に出会った。


実力を隠して、へらへら笑う男に、俺は無性に腹が立って、再戦を申し込んだ。

結局、卑怯な手で引き分けにされてしまったが、まあ、悪くはなかった。


悪くはなかったんだよ、トウェル。


父さんが、どうしてお前に仕えることになるって言ったのか、俺にはわかっていた。


だって、俺たちは似た者同士だ。いずれ、母を殺し、父を殺す。心臓の奥に憎悪を閉じ込めて、笑いながら生きていく。


でも、それでよかったんだ。お前が婚約者を殺し、兄を殺しても、俺にはどうでもよかった。むしろ、同類だって喜んでいたよ。


同類だと思ったから、俺はお前を、地獄に引き摺り込んだ。俺がお前を、不幸にした。


そのくせ、耐えきれなかったから、俺は神に挑みに行った。そうさ、神を殺しに行ったんじゃない、俺は、逃げたんだ。




逃げた先にいたのがアイツだった。

 

瓦礫の海の中で、まるで死人みたいな目をしたそいつは、きっと俺と同じだと思った。


それなのに、ソイツは、みるみるうちに光を取り戻していって。

母さんが昔言ってた“生まれたての太陽”みたいな光を、目に浮かべるようになったんだ。よりによって、俺といる時に。


嬉しくてたまらなかった。


汚れ切った俺に、優しくしてくれる存在がいることが。俺がやってきたこと全部、幸福で包みこんで、


赦して、


くれるような。






死者っていうのは、心臓を止めた後も、耳は聞こえているものらしい。


ユダリカめ、余計なことしやがって。


愛しい弟子に抱かれながら、そう思った。魔術の段階でなら、魔女を殺せたかもしれないのに。


いいや、それは、驕りすぎ、か。


自嘲し……そのときを待つ。


「きて、アルバート」


胸糞悪く甘ったるい声が聞こえた。


ことりと、セブンスの体は、床に置かれた。


「ああ、ローズ」


ジルトの声だが、ジルトの声じゃない。心が静かに冷えていく。


「愛してる」






最上の幸福が、最上の不幸に塗り替えられる時。






俺はもう一度、不幸になれる。


ああ、ジルト。


俺は、お前を置いて死んでいくことが、不幸で不幸で仕方ないよ。

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