炎の魔法、炎の魔術
目の前に、凄惨な死体があった。
首から上がない。ちょうど、遠い昔に、私にすがる信者が地面に伏して希った時の格好のようだった。
ごろんと、死んだ時の表情そのままを浮かべた頭が、ガウナの足元に転がってきて、ガウナは顔をしかめた。
ーーなんか、勝手に死んでるんだけど。
ひどく不快だ。聖剣から滴る血を払って、一気に蘇ってきた感覚に吐き気を覚える。だが、頭を押さえてうずくまっている場合ではない。まだガウナには、やらなければいけないことがあるのだから。
やらなければいけないこと、そうだ、私は邪魔者を消さなければいけない。
両の足で立って、赤髪の魔術師を見据える。くずおれたフレッド・シュルツを抱いて、彼が絶対にすることのない、呆然とした表情を浮かべていた。これは、好機だ。邪魔者を消す。いや、待て。なんだろう、この背中を引かれる感覚は。幸福? 不幸? 二つの相反するもので撚られた糸が、ガウナの背中を引いていた。それは、確かにあの時、ぷつんと切れたものだ。
ーーあってもなくてもいいけど、
あった方が、良いものだ。ガウナは口の端を持ち上げて、ぱちんと指を鳴らした。途端、セブンスの足元に現れる炎。
ーーああ、やっぱり、炎の方がよく馴染む。
利き手で文字を書くのと、そうでない方で書くのの差があるように、どうやら自分に合っている属性というものがあるらしい。
私が炎で薔薇の花を宙に描いたように、私の魂を持った男は、自由自在に炎を操った。男が炎を操るたびに、私の感覚も蘇っていく。何もかもを焦がして灰にしてだめにしていく感覚。人を楽しませることから人を殺すことに目的が変えられていく感覚!
心の中の声が、もっと魔力を吸い上げろ、もっと魔力を練り上げろと囁く。海から這い上がった神様に、ガウナは「もっと寄越せ」と不遜に願った。もっと寄越せ、お前の体が形を保てなくなるくらいに!
「ペルセ、死にたいんだろう? だったら僕が死なせてあげるからさあ!」
まるで物語の中の三流悪役だ。けれどガウナは、この全能感の止め方を知らなかった。もはや指を鳴らす作業すらいらない。ガウナが指差した先に、炎は宿り、燃え上がる。
ーーさて。
冷静になってみれば、ガウナが魔法を取り戻したということは、この場にいる全員もまた、魔法を取り戻したということになる。
ーーだけど、僕は負ける気がしない。
『薔薇の魔女』たるガウナ・アウグストが、負けることはないのである。
ラテラ・ルシウスが身体強化によって、帝城の天井を脚力でぶち破る。ガウナは、頭上に降ってきた瓦礫を灰にし、灰を隠れ蓑にして落下してきたラテラの足を、聖剣で受け止めた。通常ならば、ガウナの体はひしゃげるどころか、頭から割れていただろうが、流石は聖剣様だ。間一髪、飛び退ったのはラテラの方。
「……ん」
だが、それは相手の思う壺だったらしい。ラテラが降ってきたのは、ガウナを足止めするため。リルウの氷魔術を機能させるためである。
あっという間に、足元から腹まで凍っていく体に、だがしかし、ガウナは恐怖というものを感じなかった。その理由は単純で、ガウナのほうが強いからだ。
ねえセレス、貴方は王都を焼いたけれど、私は王国を焼いたのよ。敵うと思う方が無謀だわ。
心の底から湧き上がってくる嘲り。氷を退けたガウナは、勿論、翡翠の瞳をしたお姫様にも、余裕の笑みを向けてやった。このお姫様は、身の程を知るべきだ。
心の中の彼女が囁く。
だって、私は貴方の名前を知らないんだから!
葬儀場で見たように、ラミュエルの動きは疾い。ここまでくるのに、どんなにか努力をしたことだろうと思う。
ーーだけど、それを踏み躙るのが、魔法ってやつだ。
本来の速さに加えて、風魔法を使っているのだろう、これでは、『魔女の生贄』を使うことは、あの時と同様不可能。ましてや目で追うことなんて。
ーーだったら、教えてもらうまでだ。
「な……っ」
ラミュエルが、目を見開いた。ガウナが一寸も違えずに、ラミュエルの大剣の先を親指と人差し指で摘んだからだ。
ガウナが選択したのは、炎による検知。自身の周りを炎で囲い、一瞬の揺らぎを感じることで、位置を見定める。
ーー彼女もそう思って、炎を纏わせたようだけど。
残念、炎のエキスパートたる自分に、敵うわけがないのである。
そのまま『魔女の生贄』を発動しようとするも、ラミュエルはあっさりと大剣を捨て、離脱。ガウナはつまらない気持ちで、大剣を燃やした。
ーーやっぱり、野生動物みたいだな。
野生動物は野生動物らしく、敵わない相手を見極めて欲しい。所詮は名無しの姫だ。
「とすると、やっぱり、僕の相手になるのは」
……ガウナは、ついぞ炎に焼かれなかった、赤髪の魔術師を見た。フレッドを雑に床に放り投げたセブンスは、彼を焼こうとする炎を、風の魔術で打ち消していた。たかが、風の魔術で。
魔法と魔術では、魔法の方が優れている。ガウナの炎に対抗しようとするならば、風の魔法を使わなければいけない。それなのに、セブンス・レイクは表情一つ変えることなく、ガウナの魔法を退けているのである。
ここで初めて、ガウナは唾を飲んだ。炎を使っているだけではない汗が肌に浮かんだ。
幼き日に、生き埋めにされそうになった記憶。魔術を魔法のように扱う天才。名無しでありながら、名無しではない存在。
彼は厄介だ。なにせ、お伽噺を俯瞰していた存在だから。
ーー真正面でやったら、負ける?
まさか、私は『薔薇の魔女』よ。負けるわけないじゃない。
ーーそうだよね。僕らは『薔薇の魔女』だ。
炎の勝負で、私たちが負けるわけないじゃない。
その声に押され、ガウナは少女達の隙をついて、セブンスにありったけの炎魔法を注ぎ込んだ。
「……馬鹿が」
冷ややかな声の後、ガウナを襲ってきたのは、炎の洪水だった。




