正答
ユダリカが、三桁……六百四十二回もの人生においてしようとしたことは、人を救うことと、人を救わないことだった。
ユダリカが殺さないのなら、彼女は別の人間に殺される。それは、通り魔だったり……新しい男だったり、その男に横恋慕した女だったり。
何度繰り返しても、彼女は救えなかった。やはり、運命というものは決まっているのだ。
救えないとあらば、何をするか。今度は、人を観察することにした。最初は、どうにか救う手立てを見つけることが目的だった。だが、途中から嫌になった。なぜなら、愛は絶対にユダリカには向けられないし、奴らと来たら、生きているだけで醜悪な姿を晒していたからだ。
だからユダリカは、期待するのをやめた。救うに値しないと判断した。
奴らは殺されてもしょうがない生き物だ。だから、諦めて別のものに期待しよう。
……そんな経緯を話したのは、いったい何回目の人生だったか。なんて、記憶があやふやになっていれば、幸せだったのだが。ユダリカの焼き切れそうな脳みそには、しっかりその数字が刻まれている。二百三十三回目だ。
石床の硬い感触を感じながら、ユダリカは、伸び切った髪の隙間から、彼を見上げた。
『さて、保険のために君を生かしておいたが、その保険もいらなくなってしまってね』
忌まわしき『王総研』に閉じ込められたユダリカは、さまざまな魔術実験を受けていた。当代の王、トウェル・ソレイユ手ずから。
今思えば、自分はとんでもない節穴だったと思う。よりによって、最凶最悪の王に、人生を繰り返していると教えてしまったのだから。
実験を受けた体はぼろぼろで、だが、死ぬことは叶わず。トウェル王から「いらない」と言われた時、ユダリカの心に灯ったのは、安堵の光。やっと死ねるという気持ちだった。
そんなユダリカに、何の感情も見せず、トウェル王は、すらりと腰に帯びた剣を抜いた。
『予言しよう、ユダリカ・ヒューエル。君は』
振り下ろされた剣に断ち切られた言葉は、いったいどんな言葉だったか。
効率を何よりも愛する王様は、ユダリカの作った特等席……時間の狭間で、よっこいしょと座り込んだ。
「やれやれ、この姿勢を維持するのも大変だね。本来なら五分しか保たないものを、無理やり引き伸ばしているのだから。老体にはきついなぁ」
「だったら出てってくださいよ。俺が馬鹿だったって認めてやるから」
「そういうわけにはいかない。君のような輩は、もう二度と、馬鹿なことをしないように、心を折っておかないと」
ぱちん、と、トウェル王は指を鳴らした。銀髪が金髪に変わり、濁った藍色は、輝かんばかりの紅色に変わっていく。彼の、本来の姿である。
「ひとの空間で、やりたい放題するな!」
「この空間は良いね。利用させてもらおう」
吠えたユダリカを無視して、トウェル王は悍ましいことを口走った。
「自分だけが使えると思っていた空間が、人に侵されている気分はどうだい? 自分の特殊性が侵犯された気持ちは? ふふ、これで君が過ごしてきた六百四十二回の人生は、密度が小さいことが証明されたね? 凡人である僕が、君の魔術を容易に把握できた」
「……凡人?」
それこそ、ユダリカの時は止まった。
「お前ほどの悪意がある人間が、凡人だと? 寝言も寝て言えよ」
「僕は欲に忠実なだけだよ」
自分の中の悪意を正当化する王様は、おどけたように肩をすくめてみせた。
「君にも欲があるだろう。愛されたいという欲が。僕もそれと似たようなものだ」
それは、ユダリカにとって最大の侮辱だった。ユダリカが、唯一捨てきれなかったものを、彼はゴミとして認定したのだ。
「俺の欲は、お前のように汚れ切っていない」
「愛に差をつけるのかい? 君は、セブンスを見て、愛は愛だと割り切ったんじゃなかったのかい? ああ、そうか。やっぱり君は、自分自身が、愛されたかったんだね!」
「黙れッ!!」
「予言しよう。ユダリカ・ヒューエル」
運命は、定まっていない。そう言ったはずの王様は、底なしの瞳で、ユダリカのことを見た。ユダリカの首が跳ね飛ばされて、ついぞ聞けなかった続きを口にした。
「君は、誰からも愛されないよ」
たかが、一人の人間の言葉なのに。
トウェル・ソレイユの言葉は、まるで、啓示のように聞こえた。
おかしい、王族に予知能力は無いはずなのに。
ーー予知ではないと考えると、予言? いや、そんなものは、王族にはないはず。
「セブンスを使って愛を証明して、今度は次の人生で、自分への愛も証明するつもりだったんだろう? まったく、ひどい男だね。僕の親友を、実験台に使うなんて。それこそ、何回も薄い人生を繰り返している男の傲慢だと思わないかい?」
「たった一度の人生なのに、他の人の人生をゴミみたいに扱うアンタの方が、よっぽど傲慢だと思いますがね」
不快感が、迫り上げてくる。たった一回しか人生を経験していない男のくせに、あまりにも簡単に他人を切り捨てる。生かしておいた方が良い人間は、たくさんいたというのに。
そう、たとえば彼の最愛の、シルヴィ・ウォールカのように……そうすれば、息子のジルトなんかに執着せずに済んだというのに。
ーーもっと言えば、こいつは、死ななければ良かったんだ。ガウナを殺して、ジルトを殺して、タリウスを殺して、シルヴィを手に入れれば良かったんだ。外面なんか気にせずに。
まあ、愛されるかはわからないけど。俺と同じように。
心の中で嘲って、
『この空間は良いね。利用させてもらおう』
ユダリカは、目を見開いた。「まさか」
「まさか、お前がやろうとしていることは」
「君がどんなに人生を繰り返してもできないことだ。ねえユダリカ君。君はいわゆる“詰んでる”状態なんだよ。なぜなら君には、終わりがないのだから」
正答を突きつけられて、今度こそ、ユダリカはへなへなと座り込んだ。
無駄に歳を重ねた人間は多くいるが、無駄に人生を重ねた人間は、彼しかいないだろう。
希少性という意味では価値はあるが、空っぽの人生を積み上げたとて、天には届かないし、ましてや地獄にも届かない。
一回きりだから美しいというのはお為ごかしで妄言だが、トウェルにとっては、そうだとは思わなかった。
「だって、僕らの人生は、死んでから始まるんだからね」
くすりと笑って。
トウェルは、放心するユダリカに“聖剣”を振り下ろした。




