答え合わせ
効率厨
生き物を使った賭け事。俺の場合は、それが人間だっただけだ。
自分が賭けた人間が勝者になれば、まるで俺が勝ったみたいな気持ちになる。優秀な人間に賭けた俺は優秀だ。そんな戯言も言ってみたくなる。
ーーまあ、実際そんなことないんだけど。
ソフィアに抱きしめられているセブンス様を見て、俺は笑っていた。
俺が成しえなかったことを、俺が賭けた人間が成していた。俺がどんなに『アッカディヤの魔術儀式』を使っても、できなかったことを。
『人殺し、はやく私の前からいなくなってよ!』
今世では関わるのをやめた女の声が、耳に響いた。何度目かで、俺は、殺した恋人を蘇らせた。その恋人は浮気をしていて、新しい男と一緒に俺を殺そうとしたから、逆に殺してやった。
俺は、謝罪の言葉を何度も練習して、彼女を蘇らせた。でも、帰ってきたのは拒絶の言葉。「ああ殺してよかったな」と、漠然と思った。だって、殺したらソイツは目の前に現れないんだから。俺が悲しい思いをすることはない。
『貴方なんか、産むんじゃなかった』
『お前のような息子は知らない』
『血が繋がってると思いたくない』
『カモはカモらしくしていろ』
『たとえいっときでも愛したのが間違いだった』
謝罪なんて期待するだけ無駄。ましてや好意なんて。殺されたという事実だけが残って、どうして殺されたかを、奴らは考えないんだから。
…でも、
……でも!!
それが、俺じゃなかったとしても!!
「死者の愛は、存在する……はは、ほら、ざまあみろ、愛は、存在するんだ……」
俺は証明をしたかった。俺に与えられなかった愛が、存在することを。俺が見極めた人間が、赦されるところを見たかった。
「じゃあ、これで満足?」
立ち尽くすユダリカの肩に、ぽんと手を乗せたのは、銀髪の公爵。ではなく、
「どっちだ?」
「賢くて有能な王様の方だよ!」
愚かで無能な王の方だった。儀式を使わせた後、ガウナの時間も止めたはずなのに。ユダリカの作った特等席に侵入してきたトウェル王は、いかなる魔術を使ったのだろうか。
「綻びがあったからね。“糸”を引っ張っただけだよ。さて、ユダリカ・ヒューエル君。答え合わせといこうか」
「答え、合わせ?」
嫌な響きに、ユダリカの眉は寄った。答え合わせならもう済んでいる。死者の愛は、ユダリカには注がれなかったけれど、確かに存在しているのである。と、
「あー……君がいかに愛に飢えているかは、僕にはまったく興味がない。というか、運命なんていくらでも変えられるのに、怠慢で人生を台無しにし続けている君の言葉は、聞くに値しない」
「お言葉ですけど」
人生を一回しか体験していない、ユダリカよりも若造と言える人間の言葉など、それこそ聞くに値しない。
「俺は、合算すれば、アンタよりもずっとずっと長い時を生きてきたんです。経験値が違います」
「だから、人がどのように死ぬのかわかっている。ガウナ君やジルト君は常に殺されて死に、ディーチェルの娘は祖先と同じように自殺、序でに、マルクス財務大臣のご子息もだったかな?」
一見、新情報を話しているように見えるが、それはユダリカがガウナに話したことだ。驚くことはない。
「君はガウナ君に、こう言ったね。運命は変えられる。君の、不定形な運命を使えば、と。そうして、ガウナ君と共に実験をしようとしている」
「それが?」
「シルヴィの魂を汚すことは許さないよ」
あまりにも軽い口調だったが、確かな殺気が向けられていた。あくまでも笑みを浮かべて、トウェル王は、ゴミを見るような目で、ユダリカを見た。
「君のその腐った魂を混ぜてみろ。君が一番嫌なことをした後に殺してやる」
「でも、そうしなければ、いずれアンタの愛した女の息子も殺されますよ」
なにせ、運命は決まっているのだから。三桁にも上る転生で、ユダリカは、彼の死を見届けている……だが。
「たかが、六百四十二回試しただけで?」
嘲るように言われて、ユダリカは言葉も出なかった。ようやく出せた声は、しわがれていた。
「ろ、っぴゃく四十二回ですよ。十分多い数字でしょう。結果としては、」
「君は漫然と、人生を繰り返していただけにすぎないのに?」
「漫然となんて、生きてない!」
この男は、ユダリカの何を知っているのだろう。ユダリカがどれだけ、運命を変えようとしたか、まるでわかっていない。荒れ狂う海に放り投げられてなお、もがいてきたというのに。
「俺は、六百四十二回分、懸命に生きてきたんだ……好かれる努力もしたし、嫌われる努力もした、アイツらと、関わらないようにした……だけど、駄目だったんだ、俺はどうあっても愛されなかった……」
ユダリカは、がじがじと爪を噛んだ。極限まで高められたストレスを可視化するように、親指の爪は、あっという間にボロボロになっていく。
「そうやって、数字に頼っているだけだから、君は何も成しえなかったんだよ」
ユダリカの右手を掴み、それをやめさせたトウェル王は、慈悲の笑みを浮かべた。
「いいかいユダリカ君、世の中には、効率というものがあるんだ。数を重ねたとて、効率というものを考えなければ、君はただ漫然と人生を繰り返していただけに過ぎないんだよ」
「俺は、アンタよりも多くのことを知っている」
「知識と知性は全く異なるものだよ。君は知っているだけで、それを使う能がない。数字の上に胡座をかいて、脳が錆びついてしまったとしか思えない。だって、人生を一度しか経験していない僕ですら辿り着いたことを、君はわかっていないんだからね」
できれば耳を塞ぎたかった。けれど、右手はトウェル王に掴まれたまま。よってユダリカは、聞きたくないことを、聞いてしまった。
「人の死因は定まっていない。君は偶然、同じくじを引き続けただけさ」
「なんでそんなことを言えるんだ」
「だって、試したから」
「ため、した?」
「そう。『王総研』でね、自殺する運命にある人間を、殺す実験をしたんだ」
「……っ」
ぞわぞわとしたものが這い上がってきて、ユダリカは、トウェル王の手を振り払った。イカれてる。少なくとも、自分が六百四十二回もかけて考えたことを、すんなりと実行するこの男には、
「ね、僕の方が、効率が良いだろう?」
効率以外には、何も残っていやしないのだ。




