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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
赤い目の神様
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博打

『神の左耳』をジルトの手に握らせて、セブンスはこう言った。


『お前がするべきは、協定書をすり替えることだ。俺の予想では、女王の転移魔術の余力は五回。レデンみたいなでかいやつを送るには半分ってとこだな……だから、そこを合わせる』


ーー合わせる?


『そうだ、最初の二回は、レデンを大統領府に送らせろ。俺もそれを防ぐ。だが、あとの一回は』


協定書自体を、議会に送らせるんだ。






場に落ちた、重い沈黙。


最初にそれを破ったのは、ラミュエルだった。


「そ、それなら」


目を、こぼれ落ちそうなほどに見開いて、震えがちな右手を、左手で抑える。


「協定書は、どこにあるのですか、本物の、協定書は」

「共和国の議会だよ」


それに応えてくれたのは、いつの間にかラミュエルの隣に立っていた、灰色の髪の少年だった。手に持っている、人間の一部と思わしきものを軽く握りながら、「良かったな、ラミー」と笑いかける。


「レーナ様の無念は、きっと、晴らされるよ」


どくん、と心臓が脈打った。そんなことはないのだけれど、まるで、今まで停止していたものが、また動き出したみたいに。新しい鼓動が、ラミュエルの中で生まれ、新しい血が、ラミュエルの中を駆け巡り、手の先から足の先までを、生まれ変わらせていく感覚に陥った。


「姉様、姉様……!」


膝を床につけて、見えない何かを、かき抱いた。新しくなった体からは、透明な涙が絶え間なく溢れていき。


顔を上げたラミュエルの視界には、自分と同じように膝をついている男が映った。


その男は、ラミュエルと同じ格好をしているけれど、ラミュエルとは正反対。蒼色の目を絶望に沈ませて、何かから目を逸らすように、地面の上に散らばった、紙片を見ていた。


「……貴方が、囮役を買って出たのは……偽物の協定書を機能させるため。私を、議会から遠ざけるためだったのですね」


ラミュエルの後ろに立つセブンスが、感情のない瞳で、副大統領を見た。


「どうして、戦争を望んでいたのではないのですか、貴方は」

「望んでたよ。魔女ごと焼き尽くす戦争を。そのためなら、帝国だって踏み台にしようと思ってた」


それは、たぶん事実なのだろう。セブンスの言葉からは、偽ろうという気持ちが感じ取れなかった。


「だが、ダメだった」


愛弟子の髪をかき乱しながら、セブンスは、ようやく笑った。


「コイツの前では、良い師匠ってモンを演じたくなるんだよなぁ、俺」

「ちょ、師匠、痛っ」

「痛くなるようにしてるからな! 俺の計画狂わせやがって!」


ラミュエルが、少し前まで望んでいた光景がそこにあった。セブンス様、セブンス様と慕いながら、褒められる光景。その時にいた、明るい髪の彼女は、そういえば、どこに行ったのだろう。


「……」


ラミュエルがそう考えると同時、ジルトの表情が翳った。気がした。 


「結局、自分を助けるのは、自分を思ってくれる誰かっていう、美しい話なんだよ」


何を言っているのかはわからない。だが、聞くだけには美しいその話が、ラミュエルには、とても残酷なことのように思えた。


愛弟子の横を通り過ぎ、セブンスが、一歩一歩、副大統領に近づいていく。それを、死神でも見るように凝視する副大統領の目は、限界まで見開かれていた。彼の目にあるのは、ただ、恐怖のみ。


そんな人間をせせら笑って、いつのまにかジルトから取り返したそれを弄びながら、セブンスは、


「同類? 勘違いも甚だしい。アーウィッシュは被害者で、レイクは加害者。お前ら一族は、俺たち一族に騙されてたんだよ。今まで実験ご苦労様」 


相手の心を見透かすように、そう言うのだ。


「あ、ああ……」


ーー慟哭。


突然降り出した雨の轟音のような慟哭は、きっと、その場の誰もの心を揺さぶったに違いない。ただ、一人を除いて。


「厄介物を押し付けられただけってことに気付けよ、ほんっと、馬鹿な一族」


鬱陶しげにしながら、セブンスは、レデンの顎を靴で掬って、


「お前の母親が言ってた通り、幸せになろうとすればよかったのに。そうすれば、騙されてるってこともわかって、俺を罠に嵌めることもできたのになぁ?」


まあ、全ては遅いけど。


吐き捨てられた言葉は、慟哭の雨を瞬時に止ませた。


「お前が持ってるのが、『右目』だよ。で、俺が持ってるのは『千里眼』じゃなくて、ただのガラクタ。お前は、とっとと母親の言葉を思い出すべきだった。俺が本当に『千里眼』を持っていたとして。すでに『未来視』を持ってるお前が、手に入れられるわけないって、気づくべきだったんだ」


乾いた音を立てて、床を転がる赤い石。その石を目で追いかける副大統領。


あまりにも、いたたまれなかった。


ーーあれは、私の姿だ。


魔法という手段を奪われ、セブンスと、彼女に去られてしまったラミュエルの姿だ。野望に邁進し、突如、足元が崩れて落ちていく……。


と、



「ん、あれ?」



師匠に掻き乱された髪を直していた少年が、場違いに呑気な声をあげた。


「じゃあ、アーウィッシュ副大統領が、えーと、神様の体を一つしか持てないってことに気付いてたら、師匠は詰んでたってことか?」


張り詰めた空気が、


「それって、博打すぎない?」


一気に、弛緩した。

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