喪失と儀式
しまった。勢い余って、大声で言ってしまった。
本当は、ハルバにだけこのことを言って、穏便に儀式をやめてもらうつもりだったのに。
ジルトはさりげなくハルバの胸ぐらを掴む手を離し、ちらっとその顔を見た。
「……」
絶句していた。肩を叩くと、びくっと跳ねた。
「だからお前が犠牲になっても、俺にとって損も得もないんだよ。この儀式で蘇るのは、火事で死んだ人たちだ。殺された俺の家族は蘇らない」
できるだけ穏やかに言ったつもりだが、ハルバの口元はわなわなと震えていた。
「あと、お前いいように利用されてるから、儀式はやめておいたほうがいいぞ」
ジルトのその言葉に、舌打ちしたのは誰だったか。
「いいか、あの火事で死んだ人間が蘇るってのは、あくまでも儀式の副産物だ。お前を釣るための餌に過ぎない。薔薇の魔女を蘇らせるのが、コイツらの目的だ」
「…………いや、私の目的は、薔薇の魔女じゃないよ」
静かな、低い声が、その場に落ちた。皆がその声に反応して、“彼”に目線を向ける。“彼”は、暗い昏い藍色の瞳を、同じ色をした夜空へと向けていた。
「もう、届かない星を見るのは飽きたんだ。僕は星を堕とす。そのためなら、君を殺すことも厭わない」
夜空から目を離した彼は、懐に手を入れる。取り出したのは、柄に装飾の施された小刀。その鞘がすらりと抜かれ、ジルトに白刃が向けられた。
ファニタが必死に悲鳴を押し殺そうとするのが、近くにいるジルトにはわかった。その彼女から公爵を引き剥がそうと、魔法陣からジリジリと遠ざかる。
「君が家族に会えなくても、僕は“彼女”に会える」
「だってさ。これには公爵側の手先の俺もびっくりですよ、教祖様」
「……」
急に話を振られた教祖は、無言だった。今はフードを被っていないが、たしかに街でぶつかった男と同一人物だ。アゼラ伯爵が、初めて会ったジルトを敵視していたことを思い出す。
「公爵様は“彼女”とやらに会いたいそうですよ。でも、英雄式典ではリルウ陛下を教祖様に渡そうとしなかった。さて、それは何ででしょうね?」
仲間割れでも起こしてくれたらな。
そう思って言ってみれば、教祖には思いの外響いたらしい。教祖の男は、公爵のことを疑いの目で見る。それを受け流し、彼は言う。
「いいや、あの時、君の邪魔が入らなければ、リルウは『魔女の信徒』に渡るはずだった。クライスはその見届け役だ」
「彼は『魔女の信徒』を切ったと言ってましたけど?」
「伯爵にはね」
ジルトは心の中で舌打ちした。憐れなのは伯爵だけということか。
仲間割れは期待しないことにして、次の揺さぶりをかける。
「儀式に失敗したら?」
「失敗なんかしないよ。そのために、リルウを見出したんだから」
「ハルバの命で、何万もの命を補えると?」
「補えるさ。ハルバ君の力は強いからね。それこそ、魔術師にもなれる素養がある」
公爵の声は、表情は、確信に満ちていた。
「話は終わりだ。ハルバ君、ジルト君を死なせたくないだろう?」
その暗い目でハルバを見る公爵。ハルバは、戸惑っているようだった。
ーーこれは、予想外だ。
正直、クライスによるジルトへの穏便な対応からして、ここまではしないと思っていたのだが、公爵の目的を見誤った。計画が露見したからと、ここで辞める賢さは、彼の前では無意味だった。
薔薇の魔女ではない、誰かを復活させようとしている。あれは、賢さなどかなぐり捨てる、喪った者の目だ。
ジルトは、肩の力を抜いた。
「はあー、俺、お荷物になっちゃったよ。ハルバ、気にすんな。俺だって家族に会いたかったし。向こうで“彼女”とやらに、こっちに来ないように言っとくわ」
親指を立ててハルバに軽く言えば、なぜかハルバとファニタが据わった目になった。
「お前はそうやって! 俺の命は救おうとするくせに! 自分のことを簡単に投げ出しやがって!!」
「え!? なんで!?」
公爵の脅しにも迷いを見せていたハルバが、ズカズカと魔法陣の中に踏み込んでいく。
「今のは、お兄様が悪いですわ」
可哀想なものを見るような目で、リルウがハルバに続き、何事かを囁く。ハルバはしばし沈黙し。
「ざまーみろジルト! せいぜい俺のことをトラウマにするといいわ! 教祖様、やっちゃって下さい!」
「……はあ」
若者ってわかんないな。そんな雰囲気で、教祖は呪文を唱え始める。青く光る魔法陣が、くるくると回り始めた。ジルトが走り出すのを、公爵は止めなかった。
「クソッ、ハルバ! リーちゃん!」
手を伸ばす。ばちっと音がして、ジルトは跳ね飛ばされた。その場に座り込み、拳を地面に打ち付けた。
「……ジルト」
その様子を見て、傍に立っているファニタが、呟く。
「たぶん、大丈夫だと思う」
上から降ってくる声は、静かだった。
「友達でしょ? 信用してあげてよ」
その言葉に、ジルトは顔を上げ。
「……そんな」
小さく呟かれた公爵の声と、小刀を取り落とした音を聞いたのである。




