右目と左目
鬼ごっこ、その二である。
「ラミュエル様が改心しようと関係ない。大事なのは、ラミュエル様と皇帝の不和が周知されていること、ラミュエル様が、皇帝を殺す動機があることよ」
チェルシーの張った“認識阻害”の結界の中で。ファニタは、予知をし終わったハルバにそう話してくれた。ハルバとしては、『神の右目』すなわち、千里眼を持っているセブンスに聞かれているのではないかとヒヤヒヤしたのだが、
「ああ、それ、たぶん偽物だから」
なんてことのないように、ファニタは言った。
「千里眼が本物なら、あの人はもう少し早く行動してたわ。それこそ、第二陣のチェルシーを、転移魔術で退けるくらいはできたはず。でも、それをしなかった。チェルシーが、副大統領の真後ろという、わかりやすい位置に来るまで待っていた」
「わかりやすい位置?」
「そう。補足しやすい位置のこと。右後ろとか、左後ろじゃなくて、真後ろに来るまで待ってたのよ」
「なーる。真後ろが一番わかりやすいってことね」
そろそろ眠そうなアントニーが、欠伸をしながら言い、
「でも、それは予想だけじゃわかんないよね。どのタイミングで来るかってことも、教えていなきゃ」
チェルシーが不服そうな顔で、とある人物を見、その視線を追ったハルバは「まさか」とつぶやく。
「兄貴が、チェルシーの場所を教えたのか!?」
「そうだよ」
悪びれもせずに、レオンはそう答えた。
「あの鬼ごっこが、アーウィッシュ副大統領の信を得るための茶番であることはわかっていたからね、協力させてもらったよ」
「茶番って……」
「茶番も茶番だよ。千里眼なんて持っていないのに、持っているかのように振る舞っているんだからね」
「偽物って、なんでわかるんだよ」
「神は二物を与えないからだ」
聞きなれたはずの兄の声は、厳かなものだった。
「セブンス様が選んだのは、『神の左耳』。相手の本心を見抜くものだ。誰の本心を見抜きたかったのかは、言及するだけ野暮だろう」
厳かな口調に、苦笑が重なる。
「『神の左耳』を持っている以上、セブンス様は『右目』を持つことはできない」
「で、でも、『左耳』の方が偽物だってこともあるんじゃないのか?」
あのセブンスのことだ。心なんか読まなくても、読んだふりくらいはしてのけるだろう。
ハルバは、そう反論した。
が。
「そうだね、でも、彼は『右目』を持つことができないんだ」
兄から返ってきたのは、柔らかな否定。
「何故なら、『右目』はすでに、アーウィッシュ副大統領の手元にあるのだからね」
「……どういうことだ?」
「逆ってことでしょ」
首を傾げるハルバに、チェルシーが、皮肉げに青緑の瞳を細めた。
「副大統領さんは、右目に『千里眼』、左目に『未来視』があるって思ってるけど、実際は違う。右目が『未来視』で、左目が『千里眼』ってわけだ」
「つまり、嘘を教えられてたってことか? あの副大統領は」
神様の目についての情報も嘘で、その嘘をセブンスは把握していて、今なお、価値のないものを価値のあるものとして偽っているということだ。
「でも、なんで? そんな、得しないことを」
なんだか、一気に副大統領をかわいそうだと思ってしまうハルバ。彼が手に入れたいと願っているモノは、偽物なのだ。手に入れたとして、彼の望みは、叶わない。
「ジルトの師匠は、公爵を、その、殺したいんじゃないのか? だから共和国と手を組んで……」
「最初から、戦力に数えてねーんじゃねーの?」
動揺するハルバに、アントニーが冷ややかに言い放つ。
「天才様って、結局人のこと信用しないとこがあるじゃん。過剰な期待なんてしたら、計算違いになるかもしんねえし、『右目』で釣って、使い捨てる気なんだよ」
「そんな……」
「良かったじゃん、これであの副大統領の自滅は確定。王国は共和国と戦争にならないで済む」
「もしかしたら副大統領は死ぬかもしれないけど、彼も腹黒かったからしょうがないね!」
「そんな言い方っ」
「……っていう結末をどうにかしたくて、アイツを送り込んだんだろ?」
「へ」
ニヤニヤしていたアントニーとチェルシーは、一転、つまらなさそうにファニタを見た。
「ジルトに教えなかったのは、“副大統領を諦める”って選択肢を提示したくなかったから。ジルトならなんとかしてくれるって思ってるんだよね? 楽観的にも程があるよ」
「しょうがないな、恋する乙女補正ってやつだ。って言いたいけど、俺もそれに賛成」
ぽん、とアントニーが、ハルバの肩を叩く。
「アイツなら、良い未来を掴み取ってくれるよ。な?」
下卑た笑みを浮かべながら、セブンスがぴらぴらと書類を見せびらかす。
「なぁ、ラミ〜? お姉ちゃんの無念、晴らしたいだろ〜? だったらさぁ、さくっと親父、殺しちゃおうぜ、っと」
リルウの転移魔術で降ってきたラテラを、最小限の動きで躱す。
「奇襲とか、意味がねぇんだけど? ていうか、転移魔術なんて使って、また魔力切れ起こしても知らないぞ?」
「なんとでも!!」
リルウとセブンスは、同時に指を鳴らした。何も起こらない。実力は拮抗している。
ーーいける。
「おーいラミー! 出てこいよ!」
なおも、ラミュエルがここにいると確信しているかのように、ラミュエルを呼ぶセブンス。
「ラミュエル姫は、他国に移動させました」
「嘘だね。お前にそんな魔力は残ってない」
「……ッ」
図星をつかれて、リルウは怯み、そして、悔しく思った。自分の実力が正確に測られていることに。
「心が読める奴を前にして嘘を吐くとか、ふざけてんのかお姫様、さ、ラミーはどこにい」
「ばーかばーか師匠のばーか! あんぽんたん! 外道になりきれない善人! 俺に未練たらたら!」
「……なぁんか、うるせーのがいるな」
「心が読めるんなら常にうるさくしてりゃわかんないんじゃねってファニタが言ってたんだよ!」
リルウ達のいる玉座の間。その扉の影から、ジルトが叫んでいた。
「たしかに、集中しきれねえ。あの馬鹿から狩るかな」
セブンスの額には、青筋が浮かんでいた。




