鎧
時は、少し遡る。
「あいわかりました、しかし、一つ問題があります」
セブンスから公文書を手に入れる算段を話した時、ラミュエルは言った。
「私は、どうリーザ姉様と向き合えば良いのでしょうか……いえ、これはジルト殿に話すことではないのかもしれませんが、貴公なら、答えを知っておられる気がして」
しどろもどろ。ラミュエルの様子はまさにそういった感じで、普段の彼女の姿からは想像できなかった。けれど、弱々しい表情を浮かべるラミュエルは、不思議としっくり来る。
まるで、迷子の子供のような、縋るような表情で、ジルトのことを見てくるのである。
「なんか、新鮮ですね」
「し、新鮮?」
ラミュエル自身は困っているのかもしれないが、ジルトは素直にそう感じた。ハルバの父、カルキ・ダグラス元外務大臣の葬儀の場に、勢いこんでやってきたラミュエルしか知らないので、当然には当然だが。
ラミュエルには、違うように聞こえたらしい。硬くなった表情で、
「私は、弱く見えますか」
「弱く、ですか?」
「はい。普段の私よりも、ずっと情けなく映っていると推察します。もう少し時をもらえると、強い私に戻れるのですが」
「ということは、今のラミー様が、もともとのラミー様なんですか?」
「お恥ずかしながら」
やっぱり新鮮だ。照れたように笑うラミュエルは、まるで別人だった。
「レーナ姉様が亡くなってから、私は、レーナ姉様の遺志を継ごうと、レーナ姉様になろうとしてきました。あ、もちろんレーナ姉様は、このような無骨な言葉遣いはしませんでした。これは、いわゆる、舐められないように、です!」
拳を握って力説するラミュエル。室内でも着込んでいる彼女の鎧が、きらりと光った。
「なにせ、私はレーナ姉様に遠く遠く及ばないので、態度を大きくして、武術を磨いて、他をひれ伏させることしかできなかったんです。お陰で、侍女たちには嫌われてます」
「だから、ずっと鎧を着てるんですね」
だから、葬儀の場にもそれを着てきたわけだ。
「はい! いついかなる時も武人であろうと、己の心を叱咤して、弱い自分を隠すために、鎧を着込んでいます!」
なるほど。
ジルトは微笑んだ。
「じゃあ、その鎧を脱ぎませんか?」
「……へ?」
ラミュエルの表情が固まった。饒舌だったのが、一気に下を向いて、か細い声で、途切れ途切れに言う。
「そ、その……鎧を脱いだら、私はもう、強い私を保てなくなります、いえ、今もそうなんですけれど、そのぉ」
「ラミー様」
「は、はいっ」
「強くなくても良いんじゃないですか?」
ラミュエルが、ぽかんと、口を開けた。
「レーナ様の遺志を継ごうとして、鎧を着たんですよね。すごく立派だと思います」
心の底から、ジルトはそう思った。ここでもまた、自分とラミュエルの間に引かれた線が見えた気がした。少なくとも、あの時のジルトは、誰かの遺志を継ごうとなんてしていなかったから。
目の前にいるのは、弱いと認識する自分を変えようと努力してきた、ジルトには眩しすぎるくらいの女の子だ。
ーーそんな人の手伝いをしたいっていうのは、罰は当たらないよな?
自分で自分に言い訳して、ジルトは言葉を続けた。ラミュエルの作り上げてきた“鎧”は、あくまでも否定したくない。そして、
「たぶん、どちらかが先に鎧を脱がなきゃいけないんです」
リーザの作り上げてきた鎧も。
ーーたぶん、ラミー様とリーザ様は、似たもの同士だ。
リーザが庭で見せた、あのツンとした態度も、レーナ姫が死んだことによるものだとしたら?
「この勝負、先に鎧を脱いだ方が勝ちます。相手に向き合った方が勝ち」
「勝負……!」
少々卑怯だが、ラミュエルを釣るためにその言葉を使った。思った通り、ラミュエルは少し発奮した様子で、目をキラキラさせている。
ーー戦好きなのは元々なんだろうな。
そんなことを思いつつ、ジルトはにっこり微笑む。気分はまるで詐欺師である。
「素直になった者勝ちです。ね?」
「うむぅ……」
考え込むのは、一瞬だった。
「あいわかり、いえ、わかりました。ううん、これじゃない、ええとーーうん、わかった」
険しい表情を浮かべていたのが、ふわりとした笑みを浮かべる。姉が死ぬ前……殺される前の、彼女の表情。
一瞬胸をよぎる苦しさを押し殺して、ジルトは大きく頷いた。
「その意気です! 大丈夫、いざって時は、俺が場を掻き回しますから!」
「場を掻き回すんですか……」
「そのために送られてきましたからね!」
力瘤を作って見せると、ラミュエルは、くすくすと笑った。
「ありがとう……えっと、ジルト」
「はい」
「私のこと、ラミー様じゃなくて、ラミーって呼んでもらっていい? あと、敬語は無しで」
「いやでも、ちょっとそれは……」
一国のお姫様に、そんな不敬は。
「リルウ陛下のことは愛称で呼んで、兄妹みたいに接してるのに?」
「言われてみればそうだな」
よく考えてみれば、不敬に過ぎたな。
ーー今度、嫌じゃないか聞いてみよう。
嫌という雰囲気を出されたら、敬語にしよう。そうしよう。
とまあ、そんな決意は置いておいて。ジルトは、ラミュエルよりもずっと悩んで、
「わかりま、わかった。敬語は無しな!」
「やったぁ!」
…
……
じとぉ、と、床に座ったままのリーザは、ジルトのことを睨みつけてきた。一国のお姫様の冷たい視線は身に堪える。
「それは、私がけしかけたのですけど、誰がそこまで仲を深めろと言いましたか……?」
ジルトがリーザの身を縛る縄をナイフで切っている途中である。鎧を脱ぎ捨てたラミュエルが、皇帝相手に善戦する中。
「ですがーー」
伸びをしながら、リーザは、ラミュエルと皇帝の方を向いて。
「これなら、ラミュエルは、父を殺さなくて済みます」
「はい」
殺さない選択肢があるのなら、それが一番だ。
頷いたジルトに、リーザはなぜか目を丸くした。こほんと咳払い。
「伝わりませんでしたか、私は、貴方に感謝しているのですよ」
今度は、ジルトが目を丸くする番だった。
「あの子が殺さなくて済んだのは、間違いなく、貴方のおかげです。ありがとう」
脳裏に、裁判所での、悲痛な声が響いた。復讐の炎に身を焦がした、とある男の声だ。
「……はい」
同じ“ありがとう”でも、今度は素直に受け止められた。




