水底を隠す
魂が交わる瞬間、ガウナは、海の中にいた。
それは、枯れ果てた海だった。
足元には、幾片もの骨が積み重なっていた。ガウナの築いたもの、彼女の築いたもの。愛の証。
笑みが溢れる。引っ張られているな、と、自分でも思った。
『だけれど、僕には良心がある! だから罪悪感を抱けるんだ、君と違って』
心臓に向かって話しかける。
『ブラン君によって、彼らによって、僕は罪悪感というものに気付かされた。僕は、たくさんの人間を殺した重罪人だ!』
なんて恐ろしい感情、これだから向き合いたくなかったのに。ブラン達は、ガウナから免罪符を奪い取っていった。
おかげで、ガウナの足元には、真っ黒な靄が見えている。その靄は、何本もの人間の手を形作った。これが罪悪感。これが人を殺した者の末路。
『けれどそれは、誰しもが背負う可能性があるんだってさ』
ガウナは、死人の手を見下ろしーーぐしゃりと、踏み潰した。
骨片が粉に変わり、さらさらと、真っ白な砂地を作り上げていく。どぷんと音がして、渇きを癒すように、透明な水が砂地を満たしていった。
重たい雲が、覆い隠していた太陽を見せてくれた。太陽は言う。『そうだ、君が正しい』と。その言葉は欺瞞である。だが、その太陽の力を借りねば、水面は輝けない。
ーー彼に、綺麗な景色を見せることができない!
『今だけは見逃してやるよ』
せいぜい何もないくらやみで、ほくそ笑んでいるがいいさ。
ちゃぷんと小波が立つ。その向こうに、彼はいる。
ああ、呼ばねばなるまい、彼の名を。
ガウナは、両腕を広げた。
目を開けると、それはそれは、綺麗な月夜だった。
「お目覚めですか、魔女サマ」
雑に地面に寝かせられて、頬杖ついたユダリカに「涎」と言われ、急いで拭う。夜のしんとした空気だけでない、異国の空気が、体を落ち着かなくさせる。体を起こした。
「ひどい回り道だった」
「二重の意味で?」
面白がって言うユダリカに、ガウナはジト目で頷いた。
「空間魔術を使えないというのは、本当に厄介だね。おかげで、アレに頼るしかなかった。何か変なこと言ってた?」
「俺が人生繰り返してることについて根掘り葉掘り聞かれたぐらいかな。結局鼻で笑われたけど。なんだっけ、“自分に失望すればいいのに、君は馬鹿だね”だってさ」
「意外だ、アレは自己評価が高いと思ってたのに」
言いながら、ガウナは、そこに立っている異物を見た。元学園の門番、というとユダリカと被るから、素直にフレッドと呼んでおこうか。
「やあフレッド君。君はセブンスを裏切ったのかな?」
「裏切ってないですよ、そこのユダリカ君が近道を教えてくれたんで、それに従ってるだけです」
「僕についてきてるのは、彼女への贖罪?」
「かもしれませんね」
手応えがない。クライスやガウナを追い払っていた時の気迫はどこに行ったのだろうか。
まあいい。彼も罪悪感仲間であるし、広い心で受け入れてやろう。
そんなふうにガウナが思っていると。
「お、決着、着いたみたいですね」
ユダリカが、さして面白くもなさそうに呟き、
「じゃ、可哀想なレデン君に、全部教えてあげるかな」
……こつ、こつ。
靴音が、くずおれたレデンの前で止まる。
夕焼けとも炎ともつかぬ、けれど温度を感じさせない瞳が、レデンを射抜いた。
「結局、自分を助けるのは、自分を思ってくれる誰かっていう、美しい話なんだよ」
嘲るような声だった。失望したような声だった。同類に向けるような声だった。
「同類? 勘違いも甚だしい。アーウィッシュは被害者で、レイクは加害者。お前ら一族は、俺たち一族に騙されてたんだよ。今まで実験ご苦労様」
思い出が、粉々に砕かれていく。か細い希望の糸が、ぷつんと切れて。
「あ、ああ……」
レデンは、ついぞ、自分でも聞いたことのない声を出した。それは、慟哭である。
馬鹿だ、馬鹿だ、馬鹿だ。レイク家のために幸せになろうとしたお人好し。嘘のことを教えられて、弄ばれていた道化。
「厄介物を押し付けられただけってことに気付けよ、ほんっと、馬鹿な一族」
ああ、そうだ。
自分は、とびっきりの馬鹿だ。
どうして、どうして、この瞬間まで、忘れていたんだろう。
ーー簡単だ、この男が、共感するふりをして遮ったから。
思い出の温度は温かすぎて、レデンの冷え切った芯が受け付けなかったから。
だが、涙で解かされた今では、
レデンは、その言葉を、はっきり思い出すことができた。
『神様はね、案外けちんぼなの。どうしてかって? それはね。神様は、自分の身体の一部を
どれかひとつしかくれないのよ』
この男が、目と耳を持ってる時点で、疑うべきだったのに!




