一線の見極め
ラミーちゃんのは正当な理由とセットなんですけれど…
それは、公文書である。
「共和国に罪をなすりつけるにあたって、両国がどんな利益を得るか。裏協定の内容が、そこには書いてある。トウェルと皇帝が組んでたっていうのは、そこの直筆サイン見りゃわかるだろ?」
レデンは頷いた。紙を持つ手が少し震えている。これが目の前に落ちてくることは、予知でわかっていたが……実際に目にすると、“このようなものがここにあっていいはずはない”という思いだけが先行する。
それは、畏怖である。自分の何もかもを言い当てる占い師に出会った時の民衆のように。レデンは、ただただ、目の前の人物に畏怖を抱いた。
「これは、どちらにあったものですか」
「帝国の城の資料庫」
いたずらっぽく、セブンスが笑う。
「帝国に滞在してる時に見つけた。たぶんトウェルの手元にもあったんだろうけど、アイツ、それも見越して王宮の宝物庫にしまってたんだろうな」
“聖剣”を残して、全部焼けちまった。
「だから、帝国に潜伏してたってのもある。この証拠を手に入れりゃ、皇帝を脅して自由に操れるかもって思ったんだが、やめた。どうせ操るなら、もっと賢い奴がいい」
その賢い奴とやらが、ラミュエル姫のことなのだろう。
「アイツの元を去ったのは、皇帝を崩す準備のためだ。いま皇帝は油断しきってるだろうよ、俺という訳のわからない人間が、ラミーのもとを離れたんだから。さて、大統領殿」
レデンから視線を外し、セブンスはもう一度、スェル大統領を見た。
「確かに帝国は使い捨てる。だが、裏協定の公表は、正しいことだと思わないか?」
「……わかりました。それで、バランスをとっていることにしましょう」
国を使い捨てることに変わりはないが、国の膿を一つ切除することはできる。
「細々と長く続く栄光と、火花のように一瞬で散る栄光。どちらが良いか選ぶのは、帝国民です」
「決まりだな」
満足げに、セブンスは笑った。
「十一年前の、レーナ姫の死の真実を公表する代わりに、ラミーには帝位を継いでもらう」
以上、ハルバの予知を、ファニタが分析した結果である。
「悩むところでありますな」
腕をこまねいて、ラミュエルは、渋い顔をしていた。
「セブンス様は、私の気持ちをよく理解しておられます。レーナ姉様の無念を晴らしたいという私の気持ちを」
「やっぱり、レーナ様の死の真相を、公表したいと思いますか?」
ラミュエルが頷き、驚くほど、優しい笑みを浮かべた。つと、昼下がりの窓の外を見る。
「姉様は、私の姉であることは勿論、人生の師でもありました。私は姉様の高潔な生き方が好きでした。それを汚すような真似をした父上を、許すことはできません。両国間で交わされた裏協定。それを公表できるのなら、私は、父を手にかける所存です」
ーーこの人も、師匠と同じ。
リルウから聞いた言葉を思い出して、ジルトは、唇を引き結んだ。この人もきっと、自分と同じ血が流れている人間を憎んでいるのだ。
ーー俺には理解できない感情だ。
金髪のクラスメートを思い出す。どうして彼女は、ジルトをここに送ったのだろう。
『私を救ってくれた貴方なら、きっと良い結果になるわ』
そう言って、背中を押してくれたファニタ。ファニタを救った? 違う、結果的にそうなっただけで、ジルトは、ファニタを救うつもりはなかった。
あの時ジルトがしたかったのはーー
「復讐」
脳裏で何かが閃いた。窓の外を見ていたラミュエルが、驚いた顔でジルトを見た。
「俺が、貴方に寄り添えることの一つです」
「随分後ろ向きな寄り添い方に思えますが」
「俺も、殺したい奴がいます」
ソマリエ裁判所を最後に、姿を消した銀髪の青年。地下で死体を見たのを最後に、ハルバの予知から外れる青年。
「ソイツは、公爵で、宰相で、曲がりなりにも王都を立て直した奴です。皇帝陛下みたいに権力があって、あと、不思議な力もあるから、殺すに殺せません。だけど、俺は殺したいと思ってます」
「特定の一人を指してますな」
ラミュエルが苦笑いする。もとより隠すつもりはない。名前を呼ぶ気がないだけであるので、ジルトは頷くにとどめた。
「ソイツが今、悠々と生きてるのが許せない。本当は殺された人たちの無念を晴らしたい……俺が抱くその感情が、今、ラミー様の抱いてる感情と同じだと思います」
「無念を晴らすというのは、生者の都合だと思われますが……ジルト殿?」
「晴らしましょう、レーナ様の無念を」
「ですが、それをするには、セブンス様の言う通り、父上を殺さねばなりません」
困惑するラミュエルは、ジルトによって握られた手をじっと見ていた。
「ラミー様は、皇帝を殺したいですか?」
「姉様の無念を晴らせるのなら」
「っていう、条件がつくわけですね」
あくまでも、ラミュエルが考えているのは、レーナ姫の無念を晴らすこと、というわけだ。父親殺しは、それに至るための条件。必要不可欠というわけではない。
憎みはしていても、裏協定の公表という条件がなければ、殺しにまでは至らないのだ。
ならば、ジルトがすることはただ一つ。
「後悔しない復讐をしましょう、ラミー様」
「後悔しない、復讐?」
「はい」
裁判所で、クライスを殺した男のことを、思い出す。
「絶望に打ちひしがれないために、目一杯頭を使って、復讐するんです」
言いながら、ジルトは、ファニタが自分を寄越した本当の理由を、ひしひしと感じていた。
ーー『そうさ、君は、無念を晴らしたいだけじゃない』
ファニタは、わかっていたのだ。ジルトに与えられた役割は、共感することでもなんでもない。
ーー『死んでいった者への愛情を証明したいわけでもない。憎悪に襲われてるわけでもない』
英雄が、心の表面を覆った皮を剥がしていく。
ーー『君がしたいことは、復讐じゃないんだ』
ーーそうだ。
ジルトは、ラミュエルと同じじゃない。なぜなら、“殺さない”という選択肢はないからだ。だからこそ、ラミュエルの一線を見極めることができたのだ。
ーー俺は、
ーー『俺は、彼女を殺さなきゃいけないんだ』




