すげ替え
レデンが、旅という旅に出たのは、後にも先にも、この共和国へ行く時だけだった。
何者かがーーレデンにはそれはわかっていたけれどーー起こした火事に乗じて、国外へと脱出することは、思いの外簡単だった。
問題は、その後だ。レデンは、空間魔法や魔術の類など、一切持ち合わせていなかった。幸い、春の陽気で凍え死ぬことはないが、食糧や休息を取るための宿、そして何より、外貨が必要だった。
レデンには、行かねばならぬところがある。店舗を拵えて、悠々と商売をやっている暇はない。目的地である共和国へと着実に移動できる職業は……。
『もし、そこの方』
金を持ってそうな男に、帝国語で話しかける。拙いかもしれないが、その拙さが、逆に興味を引いたらしい。
レデンは、まずその男の職業を言い当て、何をするとツキが回ってくるかを教えてやった。レデンには、『神の左目』がある。男が不幸になる瞬間を探し当て、その原因を探り、それを回避させる。そんなことは簡単だった。
男は大いに喜んで、レデンに、今晩の宿には困らないくらいの金をくれた。仲間に紹介したいというが、丁重に断った。ひとつところに留まりたくはなかったからだ。
外貨稼ぎをしていく中で、レデンは、人の操り方を勉強していった。まず、レデンの外見は、まるっきり王国民だ。そして、喋る言葉も拙い。それが、人の警戒心を刺激する。
だが、その警戒心を乗り越えた先、疑いが深ければ深いほど、レデンへの傾倒が強くなる。余所者であるので、長い間街に潜伏し、標的を調べ上げて近づいたとは考えられにくいこともメリットになる。
……そして、今。
レデンは、占う側ではなく、占われる側にいる。
「どうした? 顔色わりいぞ?」
無邪気に笑うセブンスがかつてのレデンで、レデンが、かつての客である。
人の操り方を学んだレデンは、今自分がいる状況が、まさにそうなのではないかと疑っている。
セブンスという悪徳占い師が、レデンの全てを知ったうえで、レデンの信用を掴み、利益を得ようとしているのではないか、と。
ーー最初は私も、懐疑的だった。だが、この方が『神の右目』を持っているとわかった途端、従わざるを得なくなった。
レデンが占いの初めに行なった、予知で得た真実の指摘。それが、あの一連の読み合いなのだとしたら?
ーーだが、『神の右目』がないと、ディーチェルの子孫の位置はわからない筈だ。
『神の左耳』があったとしても、それが聞こえてくる位置などはわからないはず。だとしたらやはり、セブンスは、『神の右目』を持っているのか……?
『神の左目』にて、レデンは、セブンスが神に加えた暴行の数々を視ていた。右目を抉り出すところも、一部始終を視ていた。それが本物であるという証拠は揃っているのに、
ーーどうしてこの方は、『右目』を出し渋る。
ガウナ・アウグストは、もう少しで、野に解き放たれてしまう。リルウ女王の復活もそうだが、いち早く王国を滅ぼしたいというのが、彼の心境だろう。
それなのに、セブンスは、レデンに『右目』を渡すことなく、今度は帝国の姫を陥とそうとしている。
ーーそれも、変だ。一段階遅い。
『右目』……千里眼を使わずとも、予知の魔術を使えばわかることだ。自分の弟子が、ファニタ・アドレナの指示のもとに帝国のラミュエル姫に接触したことが。
それなのに、ジルトがラミュエルの元に行くのを止めなかった。結果、ジルトはラミュエルの信用を得、レデン達が付け入る隙はなくなった。
だから、無駄なことなのだ。ラミュエル姫に交渉を持ちかけることは。
レデンが思っていることをお見通しであろうセブンスは、笑みを絶やさない。路銀を稼いでいた頃のレデンのように、人のことを見透かすような、そんな顔をしている。
「……そんなにうまくいくでしょうか」
当然、ラミュエル姫の現在を知らないスェル大統領が、憂慮の表情を浮かべる。
「我々共和国と、帝国の溝は、あなたが考えるより深いものです。当然です、現皇帝が、溝を深くしているのですから」
罪を被せられた共和国は知っている。ラミュエル姫を攻略したとしても、国の主があの皇帝である限り、帝国は親共和国にならないのだと。
それはたとえ、暗殺疑惑を晴らしたとしても、だ。皇帝は、表向きでは反王国でありながら、裏ではトウェル王と手を結び、共和国を共通の敵としてきた。その前提があるからには……
「だーから、ラミーなんだよ」
姫を愛称で呼ぶのは、彼の遠慮のなさと、そして。
「言ったろ? ラミーは、皇帝よりも優秀だって。だったら、帝国民が思ってることは、わかるよな?」
親指で、首を掻き切る真似。
「アイツに、皇帝を殺させるんだよ」
俺と同じように。
その瞳には、確かに、同族に向ける、親愛の情が浮かんでいた。
「腑抜けた皇族の中でもいっとう優秀なラミーを持ち上げる声は多い。当然だわな、金を使うだけの無能どもと、金は使うが領地を広げて国を豊かにしてくれるお姫様。戦争反対なんてな、弱い国が負けるのがヤだから使う言葉だ。勝ってるうちは、自分に利益が回ってくるうちは、戦争好きなお姫様のことを応援したくなってくるんだよ」
「それは、帝国を不幸にしませんか」
「……」
セブンスの沈黙は、肯定を意味していた。スェル大統領が、真摯な瞳をセブンスに向けていた。
「永遠に続いていく国などありません。ラミュエル姫の時代を作ったとして、その後は? 愚鈍な獅子が生まれれば、帝国は衰退していくばかりです」
「それが国ってモンだろ」
「帝国を使い捨てるおつもりですか」
「お前、大統領向いてないよ」
セブンスの言葉に、レデンは密かに同意した。もっとも、『左耳』によって聞こえているだろうが。
「お前はどうなんだ?」
それがわかっているだろうに、セブンスは、レデンの方を向いた。
「ラミュエル姫はともかく、帝国民を納得させるほどの材料はありますか。我々は加害者です」
あえて、返事は濁して疑問系にしたレデンに、そらきたと言わんばかりに、セブンスがにんまりと笑う。
「その点はご心配なく」
指を鳴らす音。レデンの目の前にはらりと落ちてくる紙。
それは、公文書である。




