妹と王子様
ちなみに、追い出しバトルの時チェルシーが提案したのがこの子です。
ラミュエルは、翡翠の瞳を見開いた。
「姉上が……?」
「はい。木陰に隠れてた俺を見て、その、頭を下げてくれました」
あの姉が、頭を。
にわかには信じがたいことである。ラミュエルの知っている二番目の姉は、高飛車で、いつもラミュエルのやっていることを無駄だと言って笑ってくる、そんな嫌な姉なのだ。
それが、見ず知らずの少年に、頭を下げて、ましてや、ラミュエルのことを頼んでくるなんて。
「その姉は、偽物に違いありません」
真剣な表情で、ラミュエルはそう口にした。
「もしくは、悪い物でも拾い食いしたのやも」
「お姉さんのことをなんだと思ってんですか」
「高飛車で考えなしの愚かな姉です」
「お姉さんのこと、嫌いなんですか?」
「……嫌いです」
怨嗟の念を込めて、ラミュエルは断言した。
「姉どころか、その他の家族も。身内が殺されるのを看過していた彼奴らが、私は嫌いです」
姉は、レーナは、道具として使われてしまった。一人の人間ではなく、共和国を嵌めるための道具として、その死を悲しまれることはなかった。
だから、ラミュエルは、目一杯悲しんだ。悲しんで、姉の遺志を継いで、王国から、トウェル王から、帝国を守ろうと決意したのだ。臆病者で甘えただった自分を鎧の内に封じ込め、自由奔放で、誰の上にも君臨する孤高の王者であろうとした。
ーー結果、私も道具として使われてしまったわけだ。
ラミュエルは、心の中で自嘲した。
「……“って、レーナが言ってたわ”」
「へ」
「だ、そうです」
どうやら、まだ続きがあったらしい。ジルトは、その時のことを思い出してか、
「素直じゃないですよね」
と、苦笑していた。
「あの人は、師匠に似てる気がします。捻くれていて、でも、完全には敵になってない、そんなところが」
「セブンス様には、全く似ていません。姉は嫌な女です。私のことを、毎回嘲笑って」
「毎朝毎昼毎夕毎晩、剣の鍛錬をしているラミー様に、嫌味を言いにくるんですよね」
ラミュエルは、頷いた。
「そんなことは無駄だからやめろと。私の足を、必ず引っ張りにくる」
「ラミー様のことを、ずっと、見てるんですよね」
「……嘲笑うくらいなら、何か別のことに時間を使ってほしいものです」
「でもそれが、お姉さんにとって、一番大事なことだったんじゃないですか?」
「一番大事?」
「はい」
穏やかな笑みを浮かべて、ジルトは、ラミュエルのことを真っ直ぐ見つめた。
「それが、“妹をよろしくね”の、答えなんだと思います」
少年が現れた時、リーザは直感した。
ーーああ、これで、私の役目は終わるんだわ。
『来ると思ってたわ』
木陰に隠れているつもりの少年は、びくりと体を震わせた。リーザは、小さなため息を吐き。
『“妹を、よろしくね”』
少年に向かって、頭を下げた。頭を上げた時には、少年の緊張はすっかり解けていて、笑みすら浮かべていた。それがなんとなく面白くなくて、リーザは、つん、とそっぽを向く。
『って、レーナが言ってたわ』
『レーナ……?』
『早く行ってあげてちょうだいな。私には、やることがあるのでね!』
歩き出すリーザの背中に、少年の声が掛かる。
『随分、隠れるのに慣れてるんですね』
『何のことかしら』
リーザは、口元を隠すように扇子を広げて、振り返る。
『葉っぱ。俺より前に、ここに人がいた形跡がありました。普通に隠れるとこんな風になるのに』
がさりと、茂みを跨いで、少年が姿を表した。全身が葉っぱまみれだ。リーザは顔を顰めた。
『貴方の服には、一枚もついてない』
『当然でしょう。私は姫なのだから』
つかつかと歩いていき、リーザは、少年の体をあちこち触った。
『な、な……!?』
『じっとしてなさいな。皇族の前で、みっともない格好を見せるつもり?』
それまで調子づいていた少年は、リーザが葉を取る間、ずっと黙っていた。リーザは、機嫌を取り戻した。
『はい、終わり。行ってきなさい』
『あ、ありがとうございます』
少年は、リーザに頭を下げて、ラミュエルの元へと歩いて行った。リーザは、しばらくの間、少年の背中を見ていたが。
『さっ、帰りましょうか』
誰にともなくつぶやいて、今度こそ、くるりと踵を返した。
葉っぱを取ってあげたのは、親切心なんかじゃない。あまりにも格好がつかないからだ。
『妹を助けにきた王子様だもの。登場シーンくらい、かっこよくしてあげなきゃね』
二人目、だ。
ラミュエルの、鎧の奥に封じ込めた弱い部分を、手掴みしてきたのは。
一人目は、あの赤髪の魔術師様。トウェル王と親友だったことを自ら明かし、王国を滅ぼしたいと打ち明けてきた。
太陽は作り直される。その言葉を信じていたラミュエルは、一も二もなく、セブンスの手を取った。あの男に相応しいと思ったのだ、自分の王国が、親友に滅ぼされることが。
二人目は、その魔術師様の弟子。切れ味鋭い刃物のような師匠とは違って、のほほんと紅茶とクッキーを嗜み、二人の姉のことを伝えてきた少年。
ーーまた、利用されるだけかもしれない。
ラミュエルの冷静な部分が、そう告げている。
だが、この少年は、何かを滅ぼしたいだとか、殺したいだとかは一切言わず、ただ、ラミュエルにそれを伝えただけだった。考えなしか、それとも。
「貴公には、何か打算があるので?」
「ありますよ。師匠に負けないくらいの打算が」
草色の瞳は、ほどよく燃えている。
ーーああ、心地いいな。
そう思ってしまった。一心不乱に走ってきて、身を焦がすような炎に焼かれ続けた自分にとって。
少年が、ジルトが瞳に宿す温度は、ラミュエルの中を、じんわりと温めていく。
「……一つ断っておきます、ジルト殿」
ラミュエルは、にやりと笑った。何度も練習してきた獅子の笑み。それとは少し違う、とある人と、悪巧みをした時の笑みだ。
「私にも、打算があります故に、お覚悟を」
「はい、喜んで」
少年は、恭しく、差し出されたラミュエルの手を取った。




