伝言
この手の中にあったものは、もう、存在しない。
「あらぁ、ラミー。精が出ることねぇ、魔法はどうしたのかしらぁ?」
城の庭で剣を振るラミュエルに、嫌味ったらしく話しかけてくる姉のことを無視しながら、ラミュエルは、もどかしい気持ちを振り切るように、何度も剣を振るう。
かつてこの剣からは、炎が、氷が、風が出た。およそ、普通に生きていたら遭遇しない光景を、あの赤髪の魔術師様には見せてもらった。
ーー初めから、無かったものと思えば良い。
そう思うのに、一度、人ならざる者の技を使った今では、失ったものが欲しくてしょうがない。
魔法が消えると同時、セブンスも、ソフィアも消えた。彼らは、ラミュエルに夢と希望を見せるだけ見せて、魔法を奪った。
残ったのは、周囲の嘲笑と(これは以前からか)、行き場のない感情だけ。そして、
ーー魔法があれば、あの男の国を、滅ぼせると思ったのに。
太陽と獅子。不気味な御伽噺を持ち出したトウェル王はもう死んだけれど、死んでいない。おそらく、太陽はまた、“作り直される”。
ーー姉上の仇を、取れると思ったのに……!
不甲斐なくて、不甲斐なくて、しょうがない。
「私はぁ……ッ」
それを振り切るように、また、剣を振り上げ、
「ラミュエル=レグナム・リオーネだっ!!」
土埃が舞う。ラミュエルは、はあはあと、肩で息をした。
「まだ、足りない、お姉様ならば、まだ……」
そうして、剣を持ち上げようとした時。
ラミュエルは、見た。
「い、いやぁ〜、教会で見た時から思ってましたけど、凄いですね〜」
「貴公は、確か」
翡翠の目を瞬かせ、ラミュエルは、彼を見た。
灰色の髪に、草色の瞳。かの人物が溺愛している少年。
「貴方に話があって来ました。ラミュエル様」
「ラミーとお呼びくだされ、セブンス様の愛弟子殿」
ふっ、とラミュエルは笑って。
「セブンス様の、愛弟子、殿!」
「な、なんで二回言ったんですか……?」
二回言うのも当然である。
「セブンス様は、貴公だけは裏切っていないのでしょう」
セブンス達が使っていた客室にて。灰色の髪の少年に、茶菓子を出し、手ずから紅茶を淹れてやりながら、ラミュエルはそう言った。
「なにせ、愛弟子、ですからな」
「……」
居心地悪そうな少年。否定しないのは気に入った。だが、それだから気に入らない。どうしてそばにいてやらないんだ、あの方に必要なのはお前なのに。そんな文句が出てくる。
「正直に申せば、私は貴公が気に入りませぬ、ジルト殿」
「……!」
「同じく、置いて行かれた側といえましょうが、その本質はまったく異なるもので御座います」
教会で、あの人が少年に注いでいた眼差しは、ラミュエルに向けるものとは圧倒的に異なっていた。そこには、感情が乗せられていた。
ラミュエルは、言葉もなく打ち震えている少年に、卑怯だと思いながらも、なおも言葉を続けた。
「あの方が、なぜ私を打ち捨てたか、わかりますか? 貴公を守る為です」
守る。身体的にも、精神的にも、だ。
ずっと、心に蟠っていたことがある。
『本当は、帝国に連れてくつもりだったんだ。だが、なんだかな。思ったよりも俺は、感傷的だったらしい』
王国を、あの銀髪の青年ごと滅ぼしたいのも事実。けれど、ジルトのいる国を、守りたいのも事実なのだ。
ラミュエルは、ふう、と息を吐いた。
「私では、力不足だったようです。王国を“安全に”滅ぼすことができないと見做され、こうして捨てられてしまいました。今はただ、剣を振るうことしかできませぬ」
もっと、魔法の才能に目覚めていれば。いや、魔法に目覚めたのが、あの、姉であれば……所詮、自分は、獅子になろうとした偽物だ。ラミュエルは、自嘲した。
「大人気ないことをしてしまいました。貴公は全く悪くないのに」
この少年が、どうしてここに来たかわからない。だが、この少年の力になってやることは、ラミュエルには、できそうもない。
「お帰りを。貴公にはまだ、会って、成し遂げなければならない人物がいるはずです。家族にすら見放された私に、何ができましょ……」
「……い」
「は」
「美味しいです、このクッキー!!」
「……」
草色の目をきらきらさせながら、それまで黙っていたジルトは、ラミュエルにそう言った。それは、ほとんど叫びである。
「帝国のクッキーって、こんなに美味いんですか!? シンプルな味わいなのに、口の中で香ばしい香りが広がってます!」
「て、帝室用の小麦畑から獲れたものを材料に使っておりますゆえに……というか、まさか」
さっきまで無言だったのって。
「クッキーが美味すぎて、時が止まってました」
「私が申したことは」
「は、半分くらいは……」
泣き言恨み言をつらつら言っていたから、その答えに、ラミュエルはほっとしてしまった。
「でも、最後のは聞こえてましたよ。家族にすら見放されたって」
「〜〜っ!!」
ぶわっ、とラミュエルの顔が熱くなる。
「でも、俺は違うと思います」
クッキーを本当に美味しそうに食べながら、ジルトは、紅茶をこくこくと飲んで。
「だって、俺、ラミュエル、ラミー様のお姉さんに会いましたから。俺も隠れてたつもりだったから、びっくりしたんですけど、その時、言われたんです」
“妹を、よろしくね”って。




