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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
地下実験室
354/446

ユダリカの言葉

あの日。


命乞いをする大人のみっともなさの一方で、彼女が見せた良心は、一際輝いて見えた。

これだと思った。自分の救いは。彼女のためなら、どんな人間でも、殺せると思ったのだ。


死は美化だ。死人はなにも語らない。勝手に偶像化して崇め奉っても、なんにも文句を言われない。だからあの日、ガウナは、一人の少女を良心にした。自分にない良心を、彼女に押し付けた。


ところがどうだ、今の自分は。


「は、はは、何だこれ」


溢れる奔流が、ガウナを突き動かしている。顔を手のひらで覆っても、その雫は、指の隙間から、あるいは手首を伝いながら、流れ出てくる。


ぼやけた視界で、もう一度、物言わぬ骸達を見上げる。だれが誰の骨かさっぱりわからない。ある一つの頭蓋骨に空いた眼窩と、目があった気がした。


「これが、人を殺すことです」


ブランが、ゆっくりと、口を開く。


「心が、痛いでしょう?」


ああ、痛い。胸が、痛くて痛くて、張り裂けそうだ。それが嫌だから、女の子に、ジルトに、良心を託したのに。


「どうして、僕は今、こんなに苦しいんだろう」

「それは、貴方が、人間だからです」


人間、人間。そうか。


「僕が、人間だからかぁ……」


人間だから、この痛みを感じることができる。あの日のジルトに置いてきたはずの良心は、たしかに、ガウナの胸に芽生えていたのだ。


「そして、ジルト君も人間なんですよ、アウグスト公爵」


びしゃりと、冷や水を浴びせかけられた気がした。


「貴方の良心なんかではありません。たしかに、彼は貴方に良心を教えてくれたかもしれない。けれど、それだけなんです。貴方には、きちんと彼に教えられた良心が存在する。誰かに良心を押し付けて、自分が楽をしようなんて、到底無理な話なんです」


だって、貴方と彼は、違う人間なんですから。


心の奥底で、誰かが違うと叫んでいる。私とアルバートは足りないもの同士。二人で一つの人間だ……そんなわけないだろう、アルバートは、お前がいなくても生きていける。と、すると、ジルト君も?


「貴方の犯した罪を償うために、彼は存在しているのではありませんよ」






偶像化。


ガウナ・アウグストのしてきたことは、まさにそれだった。四年前のあの日、王宮で何があったのか……トランには窺い知ることはできないが、ガウナにとって、ジルトとの出会いは、まさに天啓だったのだろう。


学園祭の時の表情を見ればわかる。ガウナのやってきたことを見聞きしてもなお、手を差し伸べたジルトは、甘いとしか言いようがないが……その甘さがあったからこそ、彼の“良心”になり得たのだろう。


そして、良心に再会したガウナは、思ってしまったのだ。


……彼と同じ、人間になりたいと。


それが、化け物の終わりだった。


だから、裁判に出席した。その気になれば、法廷中の人間を殺すことができたのに、辛抱強く、過去の政府の容疑をでっちあげてまで、“無罪”になることに執着した。決して、舞台を降りようとせず、ここまで来てしまったのだ。


彼は、もうとっくに人間だった。


ジルト・バルフィンに預けた良心は、学園祭の日に返され、ガウナ・アウグストは、一人の人間になった。一人の人間になったから、彼には良心が芽生えたのだ。


だからこそ、トラン達は、それを見せた。ガウナの犯した最初の罪に、向き合わせたのである。今なら彼が、人間らしい反応を見せるだろう、と。


果たして、その無謀とも思える賭けに、トラン達は勝った。


ガウナが見ようとしてこなかったものを、目の前に突きつけることに成功した。


はじまりの地で。どうしようもなく、自分が人間だと、思い知らさせることができたのだ。


「この痛さは、どうすれば治るんだろう」


目隠しを失った青年は、眉を下げ、心細い表情を浮かべた。先程の飄々とした感じはなりを潜め、まるで幼な子のような仕草で、周りの大人達を見渡す。


「罪を償えば良いんですよ」


そして、そんな幼な子に、ブランは優しく、道を示した。聞けば、あの青年、自分を拾ってくれた義父をガウナに殺されているらしい。心の中は、クラスメートを殺されたトランと同じで、ぐつぐつと怒りで煮えたぎっているだろうに。


「それから、もう、人を殺さないこと」


唯一、苦しさが、そこに宿っていた。ブランは、ガウナの両肩に手をかけた。


「それが、ジルト君と同じになる手段です」






ブランの褐色の瞳には、苦しみがあった。ああ、人を殺すことは、こういう人間を生み出すことなんだと、ガウナは思った。


そして、()()()()()()。殺される運命の人間のそばにいる者は、否が応でもこの苦しみを味わわなければならない。 


『運命は、決まっているんだ。アンタの愛しのジルト君の運命だってな。三十二回、アンタは、ジルト君を殺してる。英雄の生まれ変わりだからしょうがないにはしょうがないけど』


ユダリカが、何百回何千回も時を繰り返す中で見てきた確定事項。人を変え、凶器を変え、けれど、“殺される”という運命からは逃れられない。そしてそれは、殺す側も必ず存在するということだ……


それなら、


ーー僕が。

『私が』






至極機嫌の良さそうなユダリカを見ながら、フレッドは、嫌々口を開いた。


「お前さ」

「はい?」

「俺たちに、何をして欲しいわけ?」


俺たち、というのは、隣を歩く看守長も含めてだ。


「さぁて、何でしょうか〜? 当ててみてくださいよ」


昨日と同じく、フレッド達にべったりのユダリカは、しばし歩みを止めて。


「んー、アイツ、最後の障害を超えたようですねー。そうとくればお二方、行きましょうか」

「行くって、どこに?」

「ふふふ、それはですね」


ユダリカの視線は、空の上に向いていた。深い深い夜に散りばめられた星々に。


「お先真っ暗、ハッピーエンドに、です!」

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