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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
地下実験室
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信者の質

ちなみにインフラ関係はルクレールおじさんが表向きいたところです。

それは海と呼べるのだろうか、剥き出しになった海底には、息を呑むような美しさの女が立っていた。


暗い空の下、彩度の落ちた蜂蜜色の髪に、深い紅の瞳。細腕を目一杯に広げ、形の良い唇を動かす。


「きて」


その後には、彼の名前が続く。


「きて」


何度も、何度も。狂おしく呼ばれる名前に耐えきれなくなって、右隣を見る。右隣には、いつもの彼が立っているはずだ。


それなのに。


「どうして……」


彼は、そこにいなかった。そこには、彼も、銀髪の公爵も、くすんだ金髪の男もいなかった。


「きて」


ついに、足が動き出す。彼女が、とろけるような笑みを浮かべる。


首を横に振る。


「違う、違います、俺はーー」


だれだっけ。


名前を名乗ろうとして、名乗る名前がわからないことに気付く。それでも足は、彼女へと向かっていく。苦しくなって、呟いた。


「俺の名前は、違うのに」











馬車は、おそらく街中を進んでいた。


おそらくというのは、ブランがガウナに、今どこを走っているか特定させる気がないからだ。


宰相に、内務省二局の長、それに秘書官が乗り合わせる馬車だからという理由で、この馬車にはカーテンが引かれている。閉塞感を出さないためだろうか。窓は少しだけ開けられ、朝の爽やかな空気と、柔らかな日差しが、レースのカーテン越しに入ってくる。


そして、ブランの話のほかに、耳に入ってくるのは、活気づいた人の声。確か、大通りでは朝市が開催されるはず。ということは、ここは大通りのすぐそばということになるのだろうか。焼き立てのパンの匂い、瑞々しい青果の匂い……さまざまな匂いが混じり合うが、決して不快な匂いではない。


「お腹が空いてきましたね」


ブランも、朝の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。ようやく紙束から目を離して微笑んだ。




朝食は、まさしく朝市から調達してきたようなものだった。


バゲットサンドは、手が汚れないように紙で包んである。それを、大の男四人が黙々と食べる。わけではなく、ブランは、さっと書類を取り出して、


「それでは、次に、財務省のインフラ関連の繋がりですがーー」


まさかの、会議続行である。片手で食べられるのは、そういう理由からだったりするのか。


ガウナは、バゲットサンドを持ちながら、ぺらぺらと残りページを確認した。まだ五分の一しか消化していない。全体で二百人ちょっとだから、およそあと百六十人。一人一人に関して綿密に質疑応答が繰り返されるので、道のりは長い。


そもそも、どうしてこんなに王城関係者が、『魔女の信徒』に多いのだろうか。


それは、故人(シンス)の拝金主義のせいでもある。

要は、金を払えば払うほど幸せになる、優遇してもらえるのだから、給料の良い王城関係者がのめり込むのは不自然ではないということだ。

満たされない王城関係者が、自分の承認欲求を満たしてもらうために金を払い続ける。金をたらふく吸った組織は膨大になる……だが、それだけではない。


シンスは、拝金主義ではあるが、決して金のない人物を下に立たせなかったからだ。ぶら下がるだけの人間なら切り捨てるだろうが、ただ救いを求めている信者を切ったら心証が悪いことを、彼は理解していた。そしてそれを、王城関係者も見ていたのである。


……いくら現政権が人材不足といえど、彼らは立派な政治家だ。


「ダニエル・グラスは、予算通告で警邏局に来たことがあります。私も話したことがありますが……至って普通の青年でした。彼の考えは極めてフラットなもので、過激な政治思想など持っていないように思えましたが……」


戸惑い気味に、警邏局長が言う。ブランはそれに頷いた。


「ええ、ダニエルは、優秀な政治家です。だからこそ、『魔女の信徒』に入ったようですね」


ブランは話し始める。


ダニエルが、『魔女の信徒』に入った理由は、リルウが魔女の生まれ変わりであると信じられているからだ。


四年前、たった一人の生き残りであるリルウへの風当たりは強かった。なぜ彼女だけが生き残ったのか、なぜ、優秀な兄や姉が死ななければならなかったのか。なぜ、なぜ……まるで生き残ったことが悪いとでもいうように、民衆は、たった一人の少女に憎悪を向けていた。


だからこそ、ダニエルにとって、『魔女の信徒』は都合が良かった。たとえ呪われた魔女という扱いだとしても、彼女を擁護する集団は利用できる。リルウ・ソレイユという少女を擁護し、歪んではいるが、“好意”を向けてくる存在は貴重だ。この集団は、女王を守る盾になるだろう。


混迷する政治を立て直すために、リルウを旗頭に掲げるために、自ら土台になったのである。


ーーまあ、それ、ほとんど僕のせいなんだけどね。


しみじみと思うガウナ。


火事を起こしたのもそうだが、リルウの後見人として立った胡散臭い銀髪の青年も、ダニエルにとっては不安の種だっただろう。まあそこも、『魔女の信徒』設立当時から関わってきたのに免じて許してほしい。


『魔女の信徒』の二百人余りの信者は、私利私欲で動いている人物もいれば、こういう人物もいる。むしろ、ダニエルのような者が少なくない。


魔女に対しての信仰心はないが、組織を大きくする為に、お布施をし、リルウを守る盾を分厚くしようとした者が。


ーー『魔女の信徒』に入ってるのって、それなりに優秀で、良心的な人物なんだよね。


そんな人物を摘発するのは心が痛いことである。


「ダニエルに関しては……彼から、自分を摘発して欲しいと言われました。すでに、同じ財務省の同僚にも声をかけているそうです」

「自ら、摘発を……!?」


行政局の長官が、ブランに勢いこんで言った。ブランは、またもや穏やかに頷いた。


「ええ、ここからは、もっと慎重に、議論を重ねていく必要がありますね。すなわち、このような人物の、摘発後の処遇について」


そんなのは簡単だ。


ガウナは、バゲットサンドを食べ終わり、口をハンカチで拭いた。


ーー全部、殺せばいい。

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