二人の絵
自分と相手がどういう関係性か。それを説明するには、相手が自分にとってどういう存在なのかを考える必要がある。
『うーん、お姉ちゃん、とか?』
拾われて間もない頃の話だ。偶然出会った街の人に、セブンスとの関係を訊かれた時のこと。大火の後は、人攫いが横行したので、特に、一緒にいる人間が誰であるのかが重要になっていた。だからジルトは、不自然でない関係性を選んだ。
だが。
『コイツは、俺の弟子だ』
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられる。不満そうな顔をしたジルトに、セブンスは、にっと笑う。
『だろ?』
案の定、街の人は変な顔をした。ジルトもため息を吐いた。
『ししょうって、世間知らずなんですね』
『何をう。お前に言われたくないわ』
『だって、お姉さん困ってるし。こんな変な師弟なんていないよ』
『じゃあ俺たちがその前例になればいいんだ!』
呪いをかけられて女の子にされてしまった変わり者の師匠は、ジルトの肩に手を回し、びしっと空を指さした。この師匠、熱血という言葉とは程遠いが、案外そういうのが好きな性質らしい。
『俺たちを指すのに、家族なんて言葉はいらないよ。師弟が一番しっくり来るからな。じゃあなお嬢さん、心配しなくとも、俺はコイツを守ってみせるからさ』
……空が、白んでいく。
地面に描かれた絵には、二人の人間が描かれていた。木の枝が使われているから、線が太く、細かいところまではわからない。加えて、あの師匠の絵心である。わかりようがないのに、ジルトには、何が描かれているかわかってしまった。
「師匠」
二人の人間。一人が一人の頭を撫でている。幸せな光景が描かれている絵。
「人一人が幸せになるのは、そんなに難しいことじゃないんだ」
ぱきりと音がした。振り返れば、そこには、セブンスと、共和国の二人。この三人がまだ一緒にいるということは、作戦は失敗したということか。
セブンスは、懐から、何かを取り出した。それは、誰かの耳である。それをぎゅっと握り、ジルトのことを見て、
「はぁあ〜……」
盛大な、溜め息を吐いた。
「お前さ、どうやったら俺に失望してくれるわけ? なんでそんなに俺が好きなんだよ?」
「は?」
呆気に取られるジルト。セブンスは、なおもくどくどと続けた。
「俺はお前に嫌われたいのに、なんで嫌ってくれないんだよ。なんでまだ、俺を信じてるんだよ。俺は、たくさんの人間を殺したんだぞ。目的のためなら、どんなことだってできる、きたない人間なのに」
赤い瞳に、射抜かれる。
「なんでお前はまだ、俺のことが好きなわけ?」
「そんなの、決まってるじゃん。師匠が俺を助けてくれたからだよ」
あの、瓦礫と灰の街から、ジルトを救い出してくれた。それは、変わりのない事実だ。
「だから、まちがったことをしても、俺は師匠のことが好きだよ」
「じゃあ、俺と一緒に来てくれたりするか?」
「それは無理」
「だよな……だけど、こうは考えられないか? 俺がお前の意思を無視して、無理やり連れてくってこと」
「セブンス様」
なぜか、副大統領が身動ぎする。そういえば、この副大統領は、“神の左目”を持っているんだっけ。ということは、この先の未来もわかっているのだろうか。
セブンスは、表情を消し、ジルトに近づいてくる。
「お前らを一人ずつ飛ばしたのは、こうやって孤立無援の状態をつくるためだ。お姫様はガス欠だから、ここにお仲間を呼べない。お前には修行をつけてやったが、俺の方が強い。ここでお前をボコして連れて行くこともできる」
たしかにそうだ。幼い頃からセブンスと一緒にいたジルトには、それが本当のことだとわかっている。師匠は強い。一本取ろうとして、何度地面にめり込んだことか。
「だけど、師匠はそんなことしないだろ?」
笑って言えば、セブンスは、ぐ、と言葉に詰まったようだった。
「じゃなきゃ、俺はもう、とっくに連れてかれてる」
「……言うようになったじゃねえか、バカ弟子が」
セブンスの顔に、表情が戻ってくる。あと三歩のところで、手を伸ばしかけーー
「時間切れか」
その手を引っ込める。ジルトとセブンスの間には、大きな犬が立ちはだかっていた。いや違う、犬にしては、目元が吊り上がり、凶暴そうな見た目だ。
「オオカミか。ってことは」
「無事でしたか、ジルト君」
「れ、レオンさん?」
そこには、爽やかな笑みを浮かべた、親友の兄がいた。こんなところにいるのにも驚いたが、それよりなによりも。
「こんな人気のないところは、野生動物がたくさんいるので助かりますね」
「困るの間違いじゃなくて?」
「動物は味方ですよ」
ーーみ、味方……。
正直、間近で見るオオカミは怖い。顎が発達して、人間なんか簡単に食い殺せそうだ。
だが、現にレオンはオオカミの背に乗っている。オオカミは、レオンを振り落とすことなく、従順に従っている。
「“紙幣持ち”が」
セブンスが、苦い表情で呟き、構える。しばらくオオカミと睨み合い……
「やーめた。俺、肉弾戦得意じゃねえんだよな」
ーー嘘を吐くな。
ジルトは、思わずセブンスをジト目で見てしまう。幼女の頃でも、素手でイノシシやらクマやらを捕まえてきて食べてたくせに。
「てことで、撤退撤退。あー残念だなあ、久々の弟子との再会だったのに。でも、まあ」
指を鳴らす瞬間、セブンスは、瞳を細めた。
「また、会えるか」
三人が消えた後、オオカミが体を擦り付けてきた。ざらざらした触り心地、金眼がどことなく優しい。
これは、レオンの“紙幣”とやらのおかげなのだろうか。そんなことを思いながら、ジルトがオオカミと戯れていると。
「さあ、ジルト君、彼に乗って。まずはハルバを迎えに行こうか」
「…………え?」




