刑務官
釣り上げたものがでかすぎた弊害
アレリア監獄、看守長室。
「いや、すまんね、ストリ君。着任早々、あんな仕事を任せてしまって」
「いえ、気になさらないでください。お役に立てて良かったです」
看守長に対して、柔和な笑みで応じるストリと呼ばれた看守。彼がここに来たのは、ほんの数日前であり、それまでは、別の場所で看守の役割を務めていた。
「うん、ごほん! くれぐれも、このことは口外しないようにね。ルージュ秘書官から、特別手当も出ているから」
「ええ、承知しています」
「それにしても、君も変わっているねぇ。王都とはいえ、こんな辺境の監獄に着任しに来るとは」
ストリという男は、掴めない人間であった。以前はあの、王都中央部の拘置所で、刑務官を務めていたらしいが、何を考えてか、このアレリア監獄に異動願いを出したのである。
王都の刑事施設は、内務省行政局が取り仕切っているので、異動は不可能ではない。だが、このストリ刑務官に至っては、少々特殊な異動だった。
彼は、刑務官として、着々とキャリアを積み上げてきた人間である。その業績に、疵など一切見当たらず、順当に行けば、彼は管区長(複数の刑事施設を行き来する上級職)にまでなれたほどの逸材なのである。
それが、こんな辺境の、凶悪犯罪者ばかりいるアレリア監獄に、自ら志願して着任した。アレリア監獄は少々特殊なので、彼の元いた拘置所での官職に値するものがない。故に、実質降格となってしまうのである。
エリートの考えることはよくわからない。そういう燻った思いとともに出た、「変わっている」なのだが。
ーー今回ばかりは助かった。アウグスト公爵の身柄引渡しなんて、うちの監獄にできる者はいないからな。
それなりの地位がある人物は、よっぽどのことがない限り、アレリア監獄には入れられず、王城地下か、公爵が元いた拘置所に収監される。ちなみに、よっぽどのことに該当するのが、この監獄で凶行を尽くした、故スピレード元内務大臣である。
はっきり言って、アレリア監獄は、銀髪の公爵を持て余していた。
処遇がはっきりしない存在、いくつかの小さな裁判では有罪が確定しているが、さきのソフィア・アルネルト殺害事件の裁判は、再審の末に有耶無耶に終わってしまった。
加えて、現内務省の実質的権力者、ブラン・ルージュ秘書官の依頼である。以前務めていたフェイディオ・マンス看守長が辞職をし、繰上げ式に看守長になった彼にとっては、荷が重い案件であった。
着任したばかりのストリ刑務官にこんなことを頼んでしまったのは、ひとえに、監獄の人材不足だ。
だが、ルージュ秘書官の依頼は、ストリ刑務官にとってそう悪いものではなかったらしい。
「あの男の行く末を、見届けたいと思いまして」
何が琴線に触れたのかはわからない。四年前に突然現れた銀髪の公爵に、彼はいたく心酔していた。犯罪者に、刑務官が心酔しているという言い方は良くないが、ことストリ刑務官にいたっては、そのような表現が適切と思われた。そしてそれこそが、彼に刑務官としてのキャリアを捨てさせた、強烈な理由なのだろう。
囚人と、刑務官の癒着というものは、往々にして発生するものであるが、ストリ刑務官のことは心配ないだろうと、看守長は思っている。
まず、癒着というものは、双方にメリットがあって発生する事象であり、この場合はストリ刑務官にメリットはない。強いて言うなら、アウグスト公爵の行く末を見届けることがメリットと言えるかもしれないが。
それに、癒着しているなら、こんなわかりやすいタイミングで、しかも公爵目当てだとはっきり言わないはずである。もっと違う理由をつけて、ここに赴任してくるはずだ。
それらしい安心要素を見つけて、看守長はひとつ頷いた。
「ああ、期待しているよストリ君。せっかくここに来たんだ。君の正義を、ここで貫いてくれたまえ」
さて。
ーー私の正義は、あの人を助けることだ。
看守長室を出たストリ刑務官は、庇を掴んで、帽子を被り直した。
思った通り、経験はあるが、キャリアや中央のノウハウが足りないアレリア監獄にて、独自の地位を築くことは無事に成功。
外患誘致の疑いがかけられることを、あの人は予測していた。だから自分はあの人に先んじて、アレリア監獄の看守になり、彼を助けることを選んだ。
思った通り、彼はアレリア監獄に護送されてきた。ひとつ計算違いだったのは、ブラン・ルージュ秘書官が、アウグスト公爵を完全なる犯罪者として扱わなかったことである。どころか、彼に名誉挽回の余地さえ与えている。そしてもう一つ。
ーー私の顔を覚えられている。
どこかで会ったかと聞かれた。書類の上ではないかと答えた。これはミスだ。本当のことを答えてしまった。
正解は、内務省行政局における、人事異動の書類上である。といっても、ストリも考えなしに異動を志願しようというわけではなかったのである。
現在、内務省は、大規模な人事改革を行なっており、時期ではない人事異動は日に数十件。積み重なれば数百件。それらを捌く中で、どうして自分の顔を覚えていられるだろうか。
ーー実質の降格? そんなものは、この時期珍しくないだろうし……。
それでは、理由だろうか? いや、理由については、行政局の、刑事部内で処理されているはずだから、ルージュ秘書官には届いていないはずだ。彼は承認印を捺すだけのはず。
ーーそれならどうして、私の顔を覚えていたんだ……?
王都ソマリエ。
ガウナの元いた拘置所にて、新たに副所長となった男は、なぜかとても不機嫌だった。
「やはり、私には荷が重すぎます。今すぐストリ刑務官を呼び戻すべきです。大体なんですか、あの男は。出世ルートを蹴ってまですることが、あの公爵の追っかけとは」
「まあまあ、彼の人生だ。好きにさせようじゃないか」
拘置所の所長は、副所長を宥めるが、副所長の怒りは収まらない。
「私のような有象無象の一個人の人生ならまだしも、あの、レードル・ストリの人生ですよ? 個人という枠に収まって良い男じゃないんですあの人は」
副所長が熱くなるのもわかる。所長とて、ストリ刑務官の突然の異動は、たいへん腹が痛い事なのである。
なにせ、ストリ刑務官という存在は、その存在だけで、内務省行政局刑事部の地位を向上させてしまった、立役者であったのだから。




