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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
地下実験室
342/446

特別な銀貨

月明かりに照らされた地面。


「ん」


そこに、ジルトは、何かが描かれているのを見つけた。


ジルトが飛ばされたのは、セブンス達が最初にいた場所だ。ハルバが、セブンスが何かを落書きしているところを視ていたが……残念ながら、どこかの公爵と同様、師匠には絵心がない。


だから、実際に見たって、わかりようがない、はずなのに。


「……」


ぽたり、不意に水滴が、地面に落ちた。ジルトは、袖で目を拭った。何度も、何度も。


「やっぱり、まだ子供じゃねえか」


ぐしゃぐしゃになった顔で、笑おうとした。溜まりに溜まったなにかが、涙と一緒に溶け出していく気がした。


ーー師匠は間違ってる。だけど。






自分にかけられた転移魔術ならば、他人にかけられた魔術よりも、踏み砕くのは簡単だ。今度こそ、リルウは、ユバルと、自分の分を踏み砕くことができた。


「やるねぇ」


父親と同じように、人を舐め腐ったような表情の男は、小さく拍手すらした。リルウの魔法陣を踏み砕きながら。


「六回っていうのは、俺が甘すぎたな。だけど」

「……っ」


セブンスが指を鳴らすのに合わせて、リルウもまた、指を鳴らした。少々乱暴に、ユバルにかけられた転移魔術を踏み砕く。空中に散る氷の破片は、夏の夜の熱気に溶けていった。


「今度はギリギリだ。強がんなよお嬢ちゃん。国一つ跨いだんだ。もう、魔力は尽きかけてんだろ?」

「リルウ陛下」

「大丈夫です」


ユバルが心配そうに声をかけてくるのを制する。強がりかもしれない。だが、まだ自分は笑える。額の脂汗を拭う。


「まだ、大丈夫」

「弱いものいじめは、趣味じゃねーんだけどな」


魔力が血と密接に結びついている意味を、リルウは、今更ながら理解していた。なけなしの魔力を使うたびに、脳に血が行き渡らなくなっていく感覚がする。セレス姫の魂で補填されていた借り物の魔力は尽き、今は自分の魂を血に溶かしている状態だ。


「美味いもん食べて、ぐっすり寝て、そうして健全な魔力は培われるんだぜ?」

「それは、貴方も同じでしょう。貴方ももう、限界なのではないですか?」

「俺のは、健全な魔力じゃねえから」


赤い瞳の魔術師は、月明かりを背に嗤った。


「わかってんだろ? 俺のはお前みたいに、昔々のご先祖さまが、ぶっ殺させて溜めた魔力じゃないってこと。俺のは、特別な銀貨なのさ」


ーー特別な銀貨。


その言葉の意味するところは、こうして魔術を掛け合っているリルウには、痛いほどにわかってしまった。


だから、訊いた。


「その時、貴方は……哀しかったですか?」

「そりゃ、哀しかったよ。だが、同時に嬉しかった。あの人で覚醒できなきゃ、俺はとんだ人でなしだ。クソ親父とおんなじ」

「サファード様と……」

「王族に様付けされるなんて、あの甲斐性なしも偉くなったもんだな」


たっぷりと皮肉を込めて、セブンスは言った。


「家族も。自分の身すら守れなかった癖に」

「やはり、貴方が、サファード様を」

「さてね」


ぱちんと、セブンスは指を鳴らした。


「おしゃべりはおしまいだ。もう、頃合いだろ?」






セブンス・レイクは、『千里眼』を持っているのか否か。


それを見極めることが、レデンにとっての最重要事項だ。だからあえて、彼に、“視えない瞬間”を教えなかった。


『神の左目って、ダグラスみたいに決定権ないから、暗闇にはなんねえのな』


もちろん、そんなことはない。子供達が街中にいる時は、その様子は視えなかったし、この先、とある一瞬から、レデンの視界は暗闇に包まれていた。つまりそこが、セブンスが反応できなければいけないポイントだ。


そこで見極められなければ、『千里眼』を持っているというのは嘘。見極められたら、『千里眼』を持っているというのは本当。彼の言うように、魔女とやらを戦争の名目で殺してやってもいい。


そして、その時は迫っている。



五、四、三、二、一……暗闇。



目を見開いた時、狼の姿が、そこにあった。


手塩にかけて育てたニェルハは、レデンの首を目掛けて、迷いなく、暗器を振るった。それを、セブンスが弾き飛ばす……何もない空間へと。


金属音。


地面に暗器が落ち、レデンの背後に隠れていたディーチェルの娘が、青緑の目を見開いた。


「なんで、わかったの……」

「視えてたから」


これ見よがしに、セブンスが赤い玉を転がして見せる。


「『千里眼』にかかりゃ、お前がどこにいるかなんてお見通しだよ」


ゆっくり、レデンは、目を瞠いた。


ーー本物だ。


本物の、『千里眼』だ。セブンスは、チェルシーの場所をぴたりと当ててみせた!


百歩譲って、『神の左耳』で、子供達の作戦を知ることはできただろう。チェルシーとニェルハが、大統領府に飛ばされたターゴを救出するのではなく、最終転移地点であるこの場で待ち伏せ、レデンの首を狙ってくることは。


だが、チェルシーの正確な位置までは、思考からは読み取れないはず。もしかしたら、ニェルハの背後から二撃目を狙ったかもしれないし、レデンを囮にして、まずは大統領を狙ったのかもしれない。 


いずれにせよ、思考を読むだけでは、チェルシーの具体的な位置はわからないのだ。


故に、わかる。『千里眼』は本物で、セブンスは嘘をついていない。


「良いでしょう」

「ふ、副大統領? まだ、王子が」

「いえ、もう良いのです。稀代の魔術師様は、信用に値するお方だ。それが見極められたのなら、無駄な殺しはするべきでありません」

「だ、だが」

「スェル大統領。一つ、お教えしましょう」


なおも言い募ろうとする臆病者(大統領)に、レデンは、にこりと笑った。


「殺せば殺すほど、人は不幸になるのです」

「……は」

「そしてまた、殺させれば殺させるほど、人は不幸になる」


こちらを睨んでくるユバルを見据える。親兄弟を処刑されてもなお、生きながらえている彼に。ニェルハが選んだ彼に。


ーー私は、不幸になってもらいたい。


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