上等
地下は逃げ場がないはずなのに、そこはもぬけの殻だった。
「おかしい。たしかにここだと思ったのに」
訝しむニェルハは、地上と違って生活感に溢れている地下室の家具をひっくり返している。コーヒーミルが三個ほど、空中に飛びかう。そんなにいるものなのか。
「他に隠れられそうな場所はないのか?」
「うーん、議場の中とか? でも、王権派がうようよしてるこの大統領府で、唯一隠れられる場所はといえば、ここしかないと思うわ」
ニェルハの言った通りである。彼らは、ユバル達に人質にとられたドマゥス将軍を、血眼になって探している。それこそ、地上の部屋は探し尽くされているだろう……。
「せっかく牢屋を脱出して、大統領府に潜り込んだのに……これじゃ、片方の勢力しか抑えられない」
「副大統領の野郎、どこ行ったんだ?」
思考の端で、『これは嵌められたのでは』という考えがちらつく。ここで副大統領を捕まえられれば良かったのだが、現状捕まえられていない。望んでいた短期決着はできそうもなく、今地上に出れば袋の鼠。閉じ込められたのはユバル達というわけだ。
「なあ、ターゴ。どう思う?」
「ふ、不思議な力を使って脱出したとか」
ターゴにしては面白い冗談だ。あんなに顔を青ざめさせて、地下の暗闇をじっと見ている。ユバルは、頭の後ろで手を組んだ。
「そんな不思議な力があったら、あやかりたいモンだけどな。ははは」
「あはははは……」
笑いながら、頻りに目をこするターゴ。その挙動は、さっきまでの自分にそっくりだ。
「おいターゴ、さっきから何を見てるんだ?」
「え、あ、いや、これは私の見間違いです。絶対!」
なぜか暗闇を背に、わたわたと手を振る。ユバルはニェルハと目を合わせ、頷いた。
ニェルハがターゴに組み付き、ユバルがその隙にひょいっと暗闇の向こうを見る。
「……」
「あれっ、ユバル? なんで固まってるの?」
ターゴを締めているニェルハも、ひょこっと暗闇の向こうに目をやり。
「なるほどぉ〜」
すぐに、遠い目になったのであった。
こんなカビ臭くて、暗い場所にいていい人物ではない。
「お久しぶりですね、ユバル王子、ディガー氏、ニェルハ」
その笑顔は、天使の微笑み。だが、今しがた、王国も敵に回すと決めたユバルにとっては、悪魔の微笑みに思えた。
「え、遠路はるばる、よくぞお越しくださいました。女王陛下……」
「別に、遠路はるばるではありませんわ。“抜け穴”を使えば、数分もかかりませんから」
「ぬ、“抜け穴”?」
「ええ、実際にやってみせた方が早いですね。これです」
ぱちん。
リルウが指を鳴らしたその瞬間、部屋が青く光った、気がした。
予知能力は、欠点だらけだ。
たとえ、異国で起こる出来事を予知しても、変える術がない。手紙を送っても、着いた頃には、全てが終わった後である。
だから、予知を成就させるには、決定権を得るには、頼もしい仲間が必要なのである。
「だからって、陛下直々に行くか。普通?」
「これしか手段がありませんから」
ハルバの問いにすまして答えた、猫被りの女王陛下は、ジルトの隣で、手をわきわきと動かしている。飛びつきたい衝動を我慢しているらしい。
一方、地面に着地した共和国メンバーは、目をパチクリさせていた。
「い、今のって?」
「魔術です」
「魔術ぅ!?」
ユバル王子の驚愕に満足したような顔をしながら、リルウが頷いた。
「ええ。王国には、不思議な力が存在するのです。これはその一端ですわ」
「でも、リーちゃんの魔術って、“抜け穴”じゃなかったか? これって、まるで……」
ジルトの問いに、リルウは、よくぞ聞いてくれましたというふうに、目を輝かせた。
「父の言っていたことを丸パク……参考にしましたわ。転移魔法は、足元に“抜け穴”を設置することによって、通常の“抜け穴”よりも移動を早くできるのです。これは、魔法に限りなく近づけた魔術。もちろん」
指を鳴らして。
「こうしてキャンセルすることも可能です」
リルウの足元の魔法陣が凍って、バラバラになる。“魔女の棲家”で見た通りだ。
「……次元、違いすぎて分かんねえんですけど。今、女王陛下に敵になられたらヤバいってことはわかります」
呆けたような顔のユバル王子が、やっとと言った様子で言葉を紡ぎ出し……
「なので敵にはならないでくださいっ、お願いしますっ!!」
迷うことなく、地面に両手と膝をつき、頭を下げてきた。土下座である。リルウは、目をパチクリ。
「敵になるなら、貴方達をあそこに置いていっています。ご安心を、私は、あなた方を助けに来たのです」
「ど、どうして、俺たちは、大統領府で反乱を起こしたのに……陛下の顔に泥を塗るようなことをしたのに……」
「いえ、それはむしろ都合が良いというか、お兄様に嫌われずに済んだのでグッジョブといいますか……こほん。貴方のことを赦しましょう」
「め、女神様だぁ……」
ーー邪神の間違いでは?
そんなことをハルバは思ったが、口にはしないでおいた。口は災いの元である。
「その女王サマ、私利私欲で動いてるだ、ぐはぁっ!?」
わざわざそれを証明してみせたアントニーに、心の中で合掌。
その様子を視ながら、レデンは、厄介なことになった、と内心ため息をついていた。
「“抜け穴”の応用を完璧に理解してる小娘に、“認識阻害結界”を持つ小娘、それから、“予知能力”持ちの坊主か。敵は強大だなぁ。副大統領?」
嫌味たっぷりに、セブンスが笑う。
「俺には及ばねえが、アイツらが集まりゃ、大統領府なんて完全に制圧できるんじゃねえの? お前さんが捕まるのも時間の問題かなあ?」
「それならなぜ、彼らはここに辿り着いていないんです?」
「馬鹿かお前。俺が特定しにくい土地を選んだからに決まってんだろうが。街中だったら完全に特定されてるぜ。あの賢い女の子になぁ?」
人っ子一人いない、小高い丘である。セブンスは、再び、指を掲げーー
「待った。わかった、協力しよう」
割って入ってきたのは、スェル大統領だ。臆病者らしい、緊張に満ちた表情。
「ただし、条件がある」
「なに?」
「ユバル王子の首が欲しい。これで私たちは、貴方を信用する。私たちの信用を得るまでの間、貴方は『右目』とやらを持っていてくれ」
しばらく、セブンスは黙っていた。当然だ、ユバル王子の首をもらうには、愛弟子と対立しなければならない。
……だが、彼は。
「上等」
髪をかき分け、獰猛に笑ったのである。




