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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
地下実験室
337/446

取引

解説役は大統領でお送りします。

不意に現れた空に、スェルは、驚きを隠せなかった。

馬車もなにもない、ただ青く光る円の中にいただけなのに、大統領府から何キロも離れた場所に着地していた。


驚いていたのはスェルだけ。未知なる力を使った本人と、レデン副大統領は、平然としている。


「単刀直入に言う。俺の持ってるものをやるから、王国を滅ぼしてくれ」

「あっ」


スェルは声をあげてしまった。セブンスと呼ばれたその男の右手のひらには、レデン副大統領が持っていた石と、同じような石が載っていたからだ。


仮にも取引の道具であるその石をぞんざいに弾く動作で、この男のだいたいの性格は察することができた。空中で回転するそれは、ともすれば割れてしまいそうな脆弱さを持っているように見えた。


「お前は、『未来視』の左目を持ってるんだろ? 俺の持ってきた右目は『千里眼』。これで、予知能力の欠点を補うことができる。ついでに」


自信たっぷりに、自分を指さす。


「このセブンス・レイクをアゴで使うことができる」


す、とレデンが目を眇めた。疑っている。


「貴方の利点は?」

「魔女を滅ぼすことができる」


赤い目に炎を宿らせて、セブンスは、厳かに言い放った。


「お前は王国に復讐できて、俺は魔女を殺せる」

「どうして魔女を殺そうと?」

「……楽しそうに生きてるから」


よくわからない理由だった。


「それで? 王国を滅ぼしてくれるのか、そうじゃないのか、どっちなんだ?」

「決まり切ったかのように二択を迫るのは、少々小狡いのでは? そちらの右目が、本当のものかもわかりません」

「本当に決まってんだろ。俺の王国での活躍を見てただろうが。こんなの、『千里眼』でも持ってなきゃできない芸当だと思うけど?」

「いえ、貴方の行動は、合理的ではありません」

「ふぅん?」


ぞくり。スェルの肌が粟立った。気を悪くするでもなく、ただ興味深そうなその態度は、蟻の一噛みくらいにしか思われていないのだ。それを、この副大統領は、わかっているのかいないのか。


「どんなところが、合理的でないと思った?」

「クライス・エドガーを死なせたところです。アウグスト公爵を弱体化させたままにするには、彼の死は避けなければいけなかったはずです。『千里眼』を持っていたなら、貴方は、アウグスト公爵が何をしようとしていたかに気付いていたはず。ダレス・ウィンゲルはともかく、ダガート・ノーチラス侯爵には、彼は気付いていましたから」

「たしかに。だがそれを言ったら、弱体化させたまんま、殺すって手段もあったよな? なのにそれを、俺はしなかった。何でだと思う?」

「地位を持ちすぎているからです。犯罪者の身とはいえ、アウグスト公爵は政治家です。多くの人の目に触れる人物が、突然拘置所で暗殺されたら、王国は混沌に陥ります」


違う、とスェルは思った。王国を滅ぼそうと持ちかけてくる人間が、混沌を避けようとするはずもない。


と、赤い目が、こちらを向いた。


「そこの。なんだっけ、スェルとかいったっけ? お前の思ってることは当たりだよ。俺は、王国が混沌に陥ろうがどうでもいいんだ……俺が望むのは、魔女がその本性を表すこと」


どうやら、会話の内容から推察するに、魔女というのは、王国の若き宰相、ガウナ・アウグストを指す言葉らしい。


ーーというか私、今“そこの”扱いされたな。


「ああ、すまん。まさか、副大統領におんぶにだっこだと思っていた大統領閣下が、そこそこ考えられる人物だとは思ってもみなかったもんで」


ーー思いきり、馬鹿にされてるな。まあいいんだけど。


「そうそう、そうやって流すことができるのは、あんたが生き延びられた理由のひとつだと思うぜ」

「貴方は心が読めるんですか」

「『耳』があるからね。そういうわけだ、同胞よ。お前が考えてること、手にとるようにわかるぜ。お前は、俺がお前を騙そうとしていると思っている。『千里眼』なんて無い、でっちあげだ。だがもし本当に存在したのなら? 一人の一定の時間しか視ることのできない『未来視』の能力の欠点を補って、私はーー幸福になれるのではないか」

「……我々は、すでに帝国との戦争を決定しています。今更王国に目標を定めることはできない」


レデンの声は、絞り出すようだった。


「一足飛びに、お手軽復讐ができるとしても? わざわざ帝国を併合せずとも、俺の力がありゃ、王国なんてすぐ落ちる」

「今度は戦争責任でアウグスト公爵を裁くおつもりですか?」

「一匹の虫のために、家を焼くに決まってんだろ?」


一人を殺すために、戦争をするというわけだ。


「帝国から共和国に鞍替えした理由は?」

「俺は最初っからお前狙いだったよ。いくら武力があったって、先読みされちゃ、意味ねぇからな。だが、お前は『未来視』の能力があるとはいえ、戦争に踏み切らなかった。それはなぜか、『未来視』だけじゃ意味ないからだ」


さきほど弾いていた赤い玉を、太陽に透かす。


「大将一人を視てただけじゃ、戦争なんてできっこないからな。必要なのは、全てを見通せる目。全てのことを処理できる頭脳」


セブンスは自分の頭を指さした。まったくもって、驕りに満ちた男である。


「まあ、全てのことって言ったら大袈裟だな。大体全部のこと、だ。別にこれは、神同士の戦いとかそんなんじゃない。人間相手なら、俺一人で十分だ」


つまり彼は、こう言いたいのである。せっかく便利な力を手に入れても、使う者が愚かならば宝の持ち腐れ。ならば、能力を十全に活用できる自分を味方にしろ、と。 


「貴方の能力は認めるとしても、いえ、認めているからこそ、この取引には応じられません」

「じゃあ、お前らを大統領府に追い返す」


セブンスは、ゆっくりと、右手を掲げた。


「地下にいるニェルハちゃんたちは、どうせ地上には出れないからな。まだ地下にいるはずだ。そこにお前らを転送すれば……」

「脅しですか。ですが、それは不可能です」

「まあ、そうだろうな。しょーじきいって、我が弟子ながらなんて厄介な……」


二人には、何か別のものが視えているらしい。


「嬉しそうな顔しちゃって、まあ」


そこで初めて、セブンス・レイクは、疲れたような顔を見せた。


「よその国の内政に顔突っ込むもんじゃねえよな、まったく」


ーーどの口が。


つい、そう思ってしまったスェルは、意味がないと知りつつも、手で口を覆ってしまったのであった。


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