猛攻・逃亡
倒れた男の懐をごそごそと探り、ニェルハはにこっと笑った。
「はい、武器ゲット! この人は、王権派みたいね?」
三本のナイフを同時に空中でくるくる回し、使えるかどうかを目視。頷き、いそいそと自分のポケットにしまう。牢屋から出たユバルは、困惑するしかなかった。
「あのさぁ、お前、バカなのか? 大統領派だけでも手に負えないのに、王権派まで敵に回せるわけないだろ。しかも、たった三人で」
そう言うと、ニェルハはきょとんとして、
「そう? 私はできると思うけど。私なら、ナイフ一本につき一人を仕留められるわ」
「お前の実力は認めるよ。だけど、体力ってもんがあるだろ。お前がいくら強かろうが、“休む”ことができる相手に、“休まずに”挑むことは不利でしかない」
「じゃあ、短期決着をすればいいわけじゃない? ターゴ、双方のリーダーは?」
「王権派は、ドマゥス・パッチャ元将軍、大統領派として挙げられるのがレデン・アーウィッシュ副大統領です」
示し合わせたかのような会話。レデンはもとより、ドマゥス将軍は指名手配の身だ。普段は身を隠している。こんな大統領府近くの牢獄に姿を現すはずはない。
短期決着なんて、無理に決まっている。
そう思っていたのだが。
ーーいや、俺の幼馴染、強……。
目の前に向かってくる敵を斬りつけながら、ユバルは顔を引き攣らせていた。
ユバルよりも、向かってくる敵よりも体格の小さなニェルハは、敵の間を駆け回り、確実にナイフや暗器で仕留めていく。驚くべきは、その正確さだ。出血を最小限に止め、命を奪うことは決してしない。
「暗器って、体に隠せるのが便利なのよね」
髪留めを引き抜いて、一突き。
鮮やかというより他はない。それは、迷いがないからだと、ユバルにはわかった。
ーー俺は……。
殺すか、殺されるか。その二択しかないと思っていた。結果、殺される方を選んだ。
「眩しいですね」
そばにいたターゴが、目を細めて言う。
「あそこまで強くなるのに、どれだけ努力したんでしょう」
「……さあな」
第三の選択肢を、迷いなく選べるようになるまで、彼女はどれだけ頑張ったんだろう。
敵から武器を剥ぎ取るニェルハを見ながら、そう思った。
「ユバルっ、ターゴ!!」
ニェルハが、敵の一人に乗っかりながら、手を振っていた。実に爽やかな笑顔である。
「この人って、ドマゥス将軍じゃない!?」
「こんな敵地の真ん中に、将軍がいるわけないだろう」というユバルの考えは、見事に外れた。
気絶している髭面の男は、まさしくドマゥス・パッチャ元将軍で、向かってくる敵の半分は、彼の首に刃先を突きつけるだけでぴたりと止まった。大統領派であろう者達も、なぜか王子に人質にされている将軍に、動きが鈍っている。
「ていうか、どうしてこんなところに将軍が」
「さあ、どうしてでしょうねぇ」
ターゴがなぜか持っていた縄で手際よくドマゥウス将軍を縛りながら言う。それで大体、ユバルは理解した。じとりとターゴを見る。
「俺の代わりに捕まえさせるつもりだっただろ」
「ニェルハ殿のおかげで、計画はパーになりましたけどね」
まったく、抜け目のない男だ。ユバルは嘆息。
「初めっから、俺の逃げ道塞いでんじゃねえか」
「間違った道を塞いだまでです」
どこまでも優しい従者の目を見てしまって、ユバルは目を逸らした。
「だが、ヘタレな俺にはちょうどいい。これでようやく、覚悟が決まった」
ユバルは、獰猛な笑みを浮かべた。
「俺は、女王陛下にだって、歯向かってやる!!」
「今すぐ共和国に使者を送り、計画を中止しますッ。だから嫌いにならないでくださいっ」
キリッとした顔で、リルウは勢いよくレオンを見た。
「ねっ、外務大臣」
「そ、そうですね! 一国の内政に干渉するなんて、弟から嫌われる要素でしかありませんから!! まったく、私たちは何を考えていたのでしょう!?」
「ちょれえ〜……」
アントニーが正直な感想を言うのに、ファニタは心の中で同意した。たしかにちょろい。だが、この人たちは油断できない。
『私ならそうするからです』
リルウの、凍てつくような声音が、耳にこびりついている。
ーー陛下を、本当に信用していいのかしら。
ジルトの足にすがりつき、わんわん泣く姿からはとても想像できないが、たしかにこの少女は、恐ろしく冷たい顔で、人を切り捨てるようなことを言ったのだ。その表情は、まるで。
「……」
ハルバが視たという、氷の柱。彼女は、彼に近づいていた。
「私は信用なりませんか?」
最初は誰に言っているかわからなかった。が、リルウの視線は、ファニタに注がれていた。
「お兄様がとられちゃうって、心配してるんでしょう?」
「いえ、それは…………」
リルウ陛下は、父譲りの美貌を持っている。絵本から飛び出してきたかのような、庇護欲を掻き立てる容姿。ファニタにはできない、体全体を使ったスキンシップ。
ファニタは頷いた。
「そうですね、貴方は強敵です。リルウ陛下。だけど、私は負けませんから」
「ええ、私も負けるつもりなど毛頭ありません」
くすりと、リルウは笑った。いくぶんか、温かみのある笑み。
「貴方達にも、あの男にもね」
ころころと、目玉を転がしながら、レデンは溜め息を吐いた。
「ふ、副大統領ッ、連中はいつ、ここにたどり着く!?」
「あと三十秒といったところでしょうか」
「なぜそんなにのんびりとしているッ、ニェルハ・ラマナはここの存在を知っているんだろう!?」
おろおろとするスェル大統領は、無駄に部屋を行ったり来たり。
「地下というのは不便でしかない! 地上の方が、まだ逃げ場があるじゃないか!」
「いえいえ、地下の方がまだマシですよ。目撃者が誰一人としていませんからね」
「何を言って……」
スェル大統領は、途中で言葉を止めた。レデンは、やっと来た客人に目を向ける。
「お待ちしておりましたよ。セブンス・レイク殿」
不機嫌そうな赤髪の魔術師は、ぱちんと指を鳴らした。




