どっちも
ちなみにフィジカル最強はミュールさんです。
馬車は、跳ね橋を通り過ぎ、堅牢な監獄へと到着した。
時刻は夕暮れ。鳥が群れをなし、遠くの空を飛んでいくのを、降りた馬車から見ることができた。
ーー鳥は良いなあ。
つい、感傷的なことを思ってしまう。なにせ、今からガウナが向かうのは、冷たくて暗い牢獄だからだ。牢獄から牢獄へ、といっても、拘置所と監獄では大きな違いがある。鳥達の塒の方が、まだ暖かく、快適に過ごせるだろう。
「それでは、我々はこの辺で。明日の朝、お迎えに上がりますから」
そんなことを言いながら、ブランと、二人の局長は帰って行ってしまった。残されたガウナは、おどおどとした看守に引っ立てられ、檻の中へ。
「はぁあ〜……」
思わず溜め息も吐きたくなるものである。
いくらこれ以下の場所を知っているとはいえ、牢獄をはしごするのは堪える。そろそろ外の空気も吸いたいものだ。
そろそろ……。
チェルシーとアントニーが、ディーチェル邸に現れたのは、しばらく経ってからである。
「ジルトのお師匠様に置いてかれてね! ラテラだったらここにいるだろうと思って、来たってわけ」
チェルシーは、少し怒り気味だったが、ジルトを見るなり、がばっと抱きついてきた。
「そうしたら、ジルトがいるんだもん! びっくりしちゃったよ!!」
「うわっ」
あまりに勢いに、ジルトは尻餅をついた。
「ここにいるってことは、教祖が死んじゃったことは知ってるんだよね? その理由も?」
「ああ。ハルバがここを予知した時に、ファニタが予測を立てた。アイツが、命令したんだよな?」
「そうそう。あの門番を殺す計画をわざと失敗させて、責任を取るって形で自殺をさせた……って、王様が言ってたよ! さっすがファニタ! 頭良い〜……あれ」
「そろそろ離れましょうか」
「同感です」
笑顔のファニタとリルウが、チェルシーの首根っこを掴んで引き離す。そろそろ頬擦りされすぎて摩擦熱が起こりそうだったので、ジルトは二人に感謝した。だが、ファニタの方は、次には難しい顔をしていた。
「甘かったわ。私たちが阻止することすら計算に入れていたなんて」
「結果的に、遺体を手に入れることができたのだから良いでしょう」
「……」
二人の間に微妙な空気が流れる。
「女王陛下、少しお聞きしたいことがあるのですが」
「ええ、何ですか?」
難しい顔をしているファニタに対して、リルウは、不自然なくらいに自然体で応じる。
「貴方はどうして、アウグスト公爵が、その、教祖に死を選ばせるとわかったのですか?」
「私ならそうするからです」
実に綺麗な笑顔だった。リルウが、シンスの遺体を指さす。
「自分を信奉する者ほど、足枷になる者はいませんから」
しっし、と、ユバルは面倒くさそうに、説得に来た者を追い払った。
「何度来られたって、俺の気持ちは変わらねえよ。俺は処刑されるの。オーケー?」
「何も、オーケーではありません! ユバル様、悔しくはないのですか! 王国にいいように操られ、あの余所者めに足元を掬われる。我らは悔しくてたまりません!」
「勝手に悔しがってろよ。俺は全然悔しくないし」
「ですが」
「あーもううるさい。看守さーん! こいつ、摘み出してくださーい」
看守が妙な顔をしながら、男を引きずっていく。
ユバルはため息を吐いた。鈍感な奴は、これだから困る。
ユバルには、王族の血が流れている。偉大なる大樹の養分になる覚悟もある。“悔しい”というのは、第三者の意見だ。悔しくないのかと聞かれたら、「悔しかった」と答える。もう、そんな段階は、三年前に通り越しているのだ。
ーー王権派がシーリフ王国の犬になって、それを正義の大統領派がやっつける。それで、黒白つける。
あとは、あの腹黒女王陛下が、レデンのクソ野郎が進めている、共和国と帝国の戦争を止めてくれる……ユバルの死後に。
資金協力も成った、帝国との戦争も止められる、ひとまずは、内紛も止まるだろう。
ーー少なくとも、アイツが生きてる間は。
ユバルは聖人じゃない。だが、聖人でありたいとは思う。
限られたものだけは、守りたいと。
ターゴには、ニェルハが余計な気を起こさぬよう、見張るように言っている。ニェルハの次に生きていて欲しい彼は、『貴方の後を追いますからね』と、不服そうに言っていた。
本当は一緒に死にたかったらしい。なんとも奇特な従者だ。
……処刑は三日後。思い出を纏めるのには、じゅうぶんすぎる期間だ。
目を閉じれば、見えるのは青いトルマリンの色。なんとも未練がましい。軽く頭を振って目を見開いても、トルマリンが見える……
……
………
「いやいやいやいやいや」
全身から、汗がどっと噴き出た。なぜ、今、ここにいる?
「おまっ、むぐぅ!」
口を思いっきり塞がれた。
「静かに。ターゴ、誰にも気づかれてなさそう?」
「はい」
「むがもがもご(お前も何でここにいるんだよ)」
「えっ、もしかして私が約束を果たすと思ってたんですか? 本気で?」
馬鹿にした笑いを浮かべる従者。
「正直、ニェルハ殿を任せてくれた時、『よっしゃあ』と思いましたよ。いやぁ、お勉強になりましたね、王子。あまり忠誠心のない部下は、重要な任務に就かせるべきではありません」
しれっと言いやがる。ユバルは頭を抱えたくなった。
ーー俺が死ねば、丸く収まるところを、こいつら……。
「あのね、ユバル」
ニェルハは、ユバルの口を塞いだまま、真剣な瞳を向けてきた。
「私、あの夜からたくさん考えたわ。たくさんたくさん考えた。どちらかというと、私は体を動かす方が好きで、政治とかわからないし、感情的になっちゃうから、たくさんたくさん考えたわ」
「……」
「それで、考えた末にね。思ったの」
ニェルハが、背後に暗器を投げ、悲鳴が上がった。王権派か、大統領派かはわからない。ニェルハは、仕留めた獲物を見なかった。
「私強いんだから、どっちも潰せばよくない? って」




