一番星
ラムド村は、もう夕暮れだ。
「ねえお母さん」
椅子に座り、足をぶらぶらさせるのは、金色の髪に青色の瞳を持つ、小さな女の子。
「お姉ちゃん、大丈夫かなぁ?」
「大丈夫、って?」
「あの手紙、送って良かったのかなぁって思って。お姉ちゃん、ただでさえあの性悪男に粘着されてたでしょ。せっかく死刑になって、お父様のことから解放されたのに……あんな手紙もらったら、お父様のことを調べちゃうに決まってるじゃない」
「スーナちゃんは、お姉ちゃんのことが好きなのね?」
「……好きに決まってるじゃない。たった一人のお姉ちゃんなのよ?」
スーナの眉間には、皺が寄っていた。
「私の自慢のお姉ちゃんだから、危ないことには顔を突っ込んで欲しくないの。お姉ちゃんには、幸せでいてほしいから」
言いながら、スーナは、窓の外を見ていた。そんなスーナを見て、母は微笑んだ。
「スーナちゃんが、そう思ってくれていたら、きっとあの子も幸せなのよ。だから私は、手紙を送ったの」
「よくわかんない」
頬を膨らませるスーナ。ぴょん、と椅子から降りて。
「お腹空いたよね! 夕ご飯、何が良い?」
余生を慎ましく送っていた男は、突如現れた男に目を見開いた。その男もまた、目深に帽子を被っていて、金髪であること以外わからない。
「失礼ですが、貴方は……?」
「俺は、フレッド・シュルツっていいます。セント・アルバートの元門番で、あの事件の少し前に、門番の仕事を辞めてました」
思わぬ単語に、男は体を揺らしたが、
「そ、そうですか、私は」
「フェイディオ・マンス元看守長。アレリア監獄に勤めていらっしゃったんですよね」
「ど、どうしてそれを」
「少し、調べさせてもらいました。立ち話もなんですから、どうです? こんな時間ですし、一杯、飲みに行きませんか?」
場所は、男の行きつけの酒場らしく、見知った様子の店主が、フレッドにつまみを出し、酒を出していた。
「私はミルクで」
看守長を務めていた間は、酒など飲まなかった。未だにその習慣は抜けていない。
「どうして私があそこにいると、わかったんですか?」
「なに、偶然のことですよ」
そう言って、フレッドが取り出したのは、数枚の写真だった。セント・アルバートに、今は誰もいない『王都通信社』、それに、アレリア監獄。一枚だけ、知らない場所の写真(おそらく廃墟の写真。貧民街だろうか?)もあったが、おおよそ、彼女に縁のある場所である。
「俺は、ソフィア・アルネルトについて調べていましてね。彼女の足跡を追ってるんです」
「どうして?」
「彼女の、生きた証を知りたいから」
フレッドの瞳には、不思議な光が宿っていた。
今まで、誰にも話すことができなかった。
フェイディオは、芋揚げをつまみながら、ぽつぽつと話し始めた。
「私が知っているのは、少しです。ビーリフ・シャウナーという、『王都通信社』の社員が自殺をし、それを彼女達が隠蔽。同じ方法で、自殺したふりをして公爵を追い詰めようとした彼女が姿をくらまし、従兄弟であるエリオット・ノーワンを殺害。そして、今回の事件が起こった」
ミルクをぐいっと飲む。
「彼女と同じく姿をくらました、マッジ・ホープ社長、彼女が脱獄を手助けしたヘルマン・ラートはまだみつかっていない。当初私は、彼女に裏切られたと思い、新聞に告発をしました……全ては、狂言殺人だと。ですが、それは、とある人物に、ビーリフのことを教えられたからなのです」
やや強めに、コップを置く。
「エリオットです。ダグラス元外務大臣の葬儀で、ディアル・コレシュ伯爵を殺し、彼女の母親を殺した……元警邏官僚の、彼が、ビーリフのことを教えてくれたのです。ああ、私が、軽はずみな行動をしなければ!」
フェイディオは嘆き、頭を抱えた。
「つまらない感情から、新聞社に駆け込まなければ、すべての悲劇は、止められたかもしれないのです。秘密主義の彼女に、どうして公爵を追い詰める必要があったのか聞いておけば、エリオットに、どうして私にそのことを教えるかを聞いていれば。そもそも、エリオットに鍵のことを指摘されて、それを、強く否定していれば! 彼女は、すんなりと、王国に戻ってきて、またあの笑顔を浮かべてくれたのかもしれないのに」
あの事件で学んだことがある。人は、自分の正当化のためなら、それがどんなに不自然であれ、喜んで非を認めてしまうのだ。
「彼女が鍵を壊した可能性があるなら、エリオットも鍵を壊せるはずなのに」
なぜ、その可能性に至らなかったのだろう。
「……だから貴方は、あそこを散歩していたんですね」
「ええ。私の罪は、あそこから始まったのですから」
「わかりませんね」
「え?」
フレッドは、酒のせいか、胡乱な目つきをしていた。
「悪いのは、殺した奴でしょう。どうして貴方は、そんな後悔をしてるんです?」
「私が、彼女を王国にいられないようにしたからです。もしも彼女が王国にいたら、彼女の母親は、死なずに済んだのかもしれません。彼女が復讐をすることはなかったのかも。そんなことを、考えるんです」
彼女の外側ばかり見て、内に秘めるものを理解していなかっ
た。
「なるほど、ですが、それは間違いですよ。なぜなら、彼女は、アイツは、母親を殺された復讐に、エリオットを殺したのではないからです。アイツが復讐したかったのは、社長の分」
「社長……マッジ・ホープ社長ですか?」
「そうです。彼がエリオットに殺されたことで、彼女は復讐をしようと決意したんですから」
「どうして貴方が」
そんなことを、と、訊ねようとした時だった。フレッドが、さっさと席を立って、机に金貨を置いた。
「だからまあ、貴方が気に病む必要はありません。あんたは、俺とは違うから」
ひらひらと手を振って、フレッドは酒場を去っていった。
夕闇。
フレッドは、街角に立つ赤髪の男を見つけた。
「どうしたんです、先輩? トウェル王は?」
「アイツは、還らせた」
「せっかく、生き返ったのに?」
セブンスは、答えてくれなかった。かわりに、フレッドの耳に届いたのは。
「ごめんな」
小さくつぶやかれた、その言葉。
フレッドは、空を見上げた。その言葉は、空に光り始めた一番星に、届けなければいけない気がした。




