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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
天秤と木槌(第三審)
333/446

くらくてつめたい場所

夏の日差しが、地面を焼いている。


蒸すような暑い日だ。慰霊碑の石も、日に焼けて、触れば火傷しそうなほどである。


だが。


その、ずっと下。すり鉢状になっている建造物に隠されている地下は、恐ろしいほどに、暗くて冷たい。


折り重なった白骨は、四年もの間、そこで眠っていた。自分が何者かもわからない白骨は、誰かに見つけられるのを、ずっとずっと待っていた。


そしてーー



この世には、平等も公平も存在しない。天秤は釣り合って見えるだけ。目隠しをされることは不自由で、叩く木槌は虚しく音を響かせるだけ。 


「裁判なぞ、形式に過ぎない。明るみに出る真実など、少ししか存在しない。それはねじ曲げられてしまうかもしれない。それでも、お前たちは進むのか」


二人は頷いた。


「良いだろう。それなら進め、この先は泥沼だが……必死に足を動かしていれば、いつかは乾いた地に出ることだろう」


怪訝な顔をする二人に、トラスは皮肉げに笑った。


「泥沼そのものである私が、このようなことを言うのは意外か? 残念ながら私の泥は、乾き切ってしまったようでな……これを」


机の上、書類を差し出す。 


「今日の裁判で、提出する予定だったものだ。私の最大の過ちが書いてある。これを使うも使わぬも、お前たち次第だ。組み合わせ次第では、効力を発揮するかもしれんぞ」 


それだけ言って、トラスは、目を閉じた。瞼に映るのは、在りし日の少女。これなら、不自由も悪くない。


「さあ、行け。私とのことが露見する前に……ああ、そうだ」


一拍置いて、トラスは。


「学園長に、よろしく頼む」

   


暗い暗い地下に、光が差し込む。



ごとごとと、馬車はどこかに向かっていた。 


ガウナの耳に、聞いたことのある音が響いてきた。

それは、夏に聞くのに好ましい、穏やかな水の流れる音である。


「運河、か」


窓から見る水面は、きらきらと光り輝いている。


「まさか、私が監獄に入る羽目になるとはね」

「両局の目を欺くためです。ご容赦ください」

「そのまま私に獄死してほしいんじゃないかい?」


意地悪なことを聞くと、ブランは、穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと、首を横に振った。


「まさか。アウグスト宰相におかれましては、まだまだ、していただきたいことがありますから」

「してほしいこと?」

「はいーー」


跳ね橋が操作される。橋の下がる音と、水音にかき消されて、ブランの声は掻き消えた。



それは、止まっていた時が動きだすことと同じ。

 


いつも飄々としていた親友は、少しだけ、苦笑していた。彼には珍しい表情だ。


「君の考えていることはわかるよ。だからあえて言わせてもらうけれど、君はもっと早くそうするべきだったんだ。そうすれば……君は、不幸のどん底に落ちなくて済んだのに」

「お前はそんな殊勝な性格じゃねえだろうが。でもまあ、そうかもしれないな。なあ、トウェル」


俺は、お前と話すのが楽しかったんだ。


「だが、そんな時間ももうおしまいかな。お前の願いはわかってる。だから、俺はそれを止める。なぁに、もう少しの辛抱だ」


セブンスは、懐中時計を見た。指は、鳴らさなかった。


「だから、そんな馬鹿な夢、捨てちまえ」



熱気は、ある種、静謐で、神聖な地下を侵していくのだ。



それは、夢の終わりで、始まりなのかもしれない。


ーー俺は、あそこに還るんだ。


家族がいて、ニェルハがいる。そんな、何にも知らなかった、幸せな花畑に。


「ユバル・ナルシャ殿下。貴方は、王国の宰相と共謀し、我が共和国を騒乱に陥れようとしている。間違いありませんか?」

「俺に関しては間違いないね。だけど、良いのかな? 副大統領。ただでさえ余所者のアンタが“我が共和国”なんて言ったら、変な意味に捉えられちゃうぜ?」

「ご心配なく。帝国を獲れば、それは本当になりますので」

「野心があってよろしい」 


ユバルは、本心からそう言った。野心の持てるレデンが、羨ましかった。 


ーーきっと、アイツだって、こういう奴についてった方が、幸せになれる……



と、その前に。

 





帽子を目深に被るのは、負い目があるからか、それとも昔の癖だろうか?


裏切られたと思っていた。けれど、彼女は死んでしまった。

どうして彼女は、そこまでして、彼を堕とそうとしたのだろう。 


毎日足を運ぶのは、かの建物が見える場所だ。鬱蒼とした木々に囲まれた要塞。それを運河を挟んで見ながら、彼は途方に暮れるのだ。  


なんにも見えていやしなかった。なんにも見ようとしなかった。芽生えた罪悪感は払拭されず、ただただ、降り積もるだけ。 


「どうして、彼女は。ソフィアさんは、死ななければならなかったのだろう」


誰にともなく呟いたのに。


「本当に、どうしてでしょうね」


俯いた男が、言葉を返してくれた。


「俺が思うに」


その男の髪は金色で、表情には影がある。


「彼女が死ぬ必要なんて、まったくなかったと思いますよ」


代わりに死ななきゃいけなかった奴は、他にいると思います。


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