二百人ちょっと
難しいことをすれば、事態は解決すると思いがちだけど、案外、そうでもなかったりする。
身に覚えのある感覚が肌を襲ってきて、ファニタは苦笑した。
ーーだからといって、私の時はあんなことしなかったけど……。
「あれは何なのですか」
教祖の遺体を抱えながら、呆然とするラテラ。無理もない。
なぜか地面に膝をついて、愛する人間に、滔々と懺悔する二人を見ながらそう思う。
「……つまり」
ジルトの声音が、引き攣ったものになっている。
「アイツに利用される前に、教祖の遺体を使って、『魔女の信徒』に一緒に死ぬように言うってこと?」
リルウが毅然として答える。
「そうです。“殺された者”の魔力の譲渡は、“いちばん近くにいた者”によって行なわれます。あの男が、完成した“禁域”にて信者を殺させる前に。私たちが信者に自決をさせるつもりでした。自殺は、“殺された”ことには入りませんから」
ーーもちろん、逆の方法もある。
「どうして、“殺させ”て、貴方達の魔力にしなかったんですか?」
ガウナに殺される前に殺させる。その方法もあったはずだ。
好奇心ゆえにそう問うと、今度は、リルウの隣にいたレオンが答えてくれた。
「国益が出る戦争ならともかく、無害な地下組織の信者を殺すことは、大義名分が立ちませんから」
「兄貴、本当は?」
「うっ……戦争ならともかく、平時の国で、信者を四百人殺させるのは骨が折れるからだよ。禁域完成にはまだ時間がある。公爵が裁判を受けている途中、そこの教祖を広場の晒し首にでもするつもりだったんだけど……ハルバ? そんな目で見ないでお願いだから」
と、必死に弟に縋るレオンだが、彼の言っていることには、まだ嘘が残っている。
「四百人では、ないですよね。実際は、もっと少ないはずです」
「……」
「……はい」
レオンとリルウが同時に横を向き、リルウが観念したように言う。
「実際は、王城関係者と一般市民に分けるので、自決をさせるのはおよそ半分の人数です……」
やはり、人材不足に喘ぐ政権にも信者はいたのだろう。ファニタの中で、疑問が確信に変わった。
「だから、ルージュ秘書官が必要になってくるんですね」
「……!」
リルウとレオンが目を見開いて、ファニタを見た。当たりだ。
ーーこの人達、秘書官と繋がってる。
そしておそらく、あの人とも。
憤怒、困惑、納得……それらがない混ぜになったような表情だ。
たった今、ブランから告げられたのは、警邏局局長と、行政局長官の面子を潰す言葉だった。
ーーしかし、困ったな。
王城関係者をリストアップされれば、それだけ生贄の数が減ることになる。
ーー僕が知っている王城関係者は、およそ半数。ということは、使えるのは二百人足らずってところかな。
倍の差は大きいが、しょうがない。光の当たった者は、“処理しやすい死体”にならない。
ーーおそらく、リルウと秘書官は繋がっている。秘書官が僕を逮捕している間に、生贄候補達を殺すつもりだ。
方法として考えられるのは自殺させること。ガウナも、ラテラが逃げ込むことは想定して、ディーチェル邸に刺客を放っておいたが……ブランがこうして、『魔女の信徒』のことを持ち出してきた以上、何者かによって撃退されているのだろう。
ーーそうして、シンスの死体はその何者かの手に渡った、と。
何者かの検討はついている。
あちら側に遺体が渡ったことは至極残念。本当は、ラテラごと遺体を処理したかったのだが。
ーーまさか、シンスの自殺まで読まれていたとは。
さすがは、あの性根の腐った男の娘である。おそらく、シンスの遺体を使って、信者を自決させようという魂胆なのだろう。だが、引っかかることがある。
ーー遺体が使われる前提とすると、秘書官の言ったことはおかしくないか?
秘書官は、シンスの死を知っているだろうに、それを隠そうとしていた。リルウの狙いと反対のことをしているのである。
王城関係者を告発する為に、わざと信者にそのことを知らせないでいる? 告発し終わったら、王城関係者以外の信者に自決させる?
単に、タイミングの問題なのだろうか?
ブランが出張ってきたのは、十中八九時間稼ぎだ。ガウナがまた不自由を強いられている間に、王都にいる『魔女の信徒』との決着をつける……のだと考えることができる。今の状況でなければ。
わざわざ、ガウナをこのことに関わらせる理由がわからないのだ。秘密裏に王城関係者を摘発すれば、ガウナの生贄は減るのに。
ーー外患誘致は、僕の身を拘束する為だと思ったけど……違うみたいだな。
むしろ、ガウナにこの捕物に参加させるためと見た。目の前で生贄候補が逮捕されていくのを指を咥えて見ていろということだろうか? いや、それはあまりにも甘すぎる。
「……ですから、アウグスト侯爵、失礼。宰相は、あなた方内務省のことを悪様に仰ったのです。あなた方の協力を得る為にね」
「協力、ですか」
行政局長官は、わかりきっている嘘に理解しかねている様子。対して警邏局局長は、
「少し強引ですが……仰ってくだされば、いくらでも協力しましたのに」
と少し好意的。なにせ、『魔女の信徒』には、今立ち上がっている若者達のいく人かも加入しているそうだから、この“反乱”というか、“和睦”を止めることができるかもと、期待しているのである。
ーー僕が三省をこき下ろすことまで読んでたってことか。
評判が地に落ちた者同士、仲良くおてて繋いで、本当の巨悪に立ち向かおうというわけだ。ただし、その首魁はとうに死んでいるけれど。
ーーシンスのことを晒すタイミングは、その後ってことかな?
今は夏だ。遺体が腐らなければいいけれど。
ーーだけど、まだ時間があることはわかった。
ブランがどういうつもりでガウナのことを『魔女の信徒』壊滅作戦に誘い込んだかはわからない。だが、立ち会えるとあれば、やりようはいくらでもあるのだ。
リルウ達が、シンスの遺体を使って信者に自決を促す前提で、ガウナは動けばいいのである。
ーー二百人ちょっと、ってところかな。




