君のためなら
ノーチラス侯爵の独壇場から、ガウナの独壇場へ。クライスの死は、彼を一気に主役へと引き上げた。
「なんと健気なことでしょう。そして、なんと残酷なことだろう。私は、生涯の友人を、永遠に失ってしまった!」
少々芝居がかっているが、人の死を嘆くには十分な感情表現だ。
「私はこの裁判を恨みます。そして、クライス・エドガーを恨みます。私は問いたい。なぜ君は、私を残していってしまったのか」
「あの、少しよろしいでしょうか」
おずおずと挙げられた手。下世話な新聞記者は、友を失ったばかりのガウナに、
「私の見るかぎり、貴方はわざと、エドガー氏を殺させたように見えたのですが。現に、その少年がナイフを蹴るように言った時、貴方は少しも動こうとしなかった」
ガウナは顎に添えそうになる手を制した。この新聞記者は、なかなかに気概がありそうだ。ガウナが感心している間を動揺と受けとった記者は、最初のおずおずとした態度を捨て、勝ち誇ったように言う。
「つまり、これは貴方によって仕組まれたことなのではないですか、アウグスト公爵。貴方は、邪魔者の元従者を殺すために、その男を雇ったのです」
「とんだ侮辱だ!」
ガウナが沈黙していても、ことはガウナの有利なように進んでいく。激昂した男が、アヴェイル判事たちに掴まれながら、唾を飛ばす。
「お前は、私の復讐を汚そうというのか!? それならば、十年前の事件を調べてみるがいい! 私の名前は、ダレス・ウィンゲル。妻と子供を、そこの鴉に殺された!」
ダレスは、物言わぬクライスを指さした。
「お前達は、二度も私を侮辱する気か!?」
その咆哮の内容に、途端に顔を青くする新聞記者。ほかの四紙の記者たちも、ダレスの言わんとしていることがわかったらしい。
これは、思わぬ収穫だ。
ガウナは、哀悼の表情を崩さぬよう、内心ほくそ笑んだ。
「忘れはしないぞ、お前達がした、私の家族への侮辱を! なにが心中をはかった、だ。妻と子供は、殺されたというのにッ!!」
「ひ……っ」
記者が悲鳴を漏らした。ナイフを持っていないとはいえ、その気迫は、まさに、人を殺さんとするものだったからだ。
怒りが自分たちに向いたのを悟ってか、新聞記者達は一斉に萎縮。これ以上墓穴を掘ることはすまいと、不躾な質問をした記者も口を閉じた。
「……これでは、到底裁判など続けられません」
ダレスを警備員に引き渡しながら、トラス判事は、疲れたように言った。
「被告人の反証は、一考しましょう。ノーチラス侯爵に加えて、ウィンゲル氏という存在が、アウグスト公爵の主張の根拠になることも確かです」
殺人事件が起こったのにもかかわらず、それすらも裁判の判断材料にする冷静さは、元味方として頼もしい限りである。
だが、ガウナは彼のことも堕とすつもりでいる。ダレスのことがなかったら、彼の贈収賄、不当な判決について、言及できたものを。
ーーこれは、次回に持ち越しかな。
そんなことを、ガウナが思っていた時だった。
「いいえ、裁判は、正真正銘、これで終わりです」
聞いたことのある声が、法廷に響いた。ダレスを連行する警備員。その隙を縫って現れたのは、ブロンドの髪の青年だった。その後ろには、警邏局と、そして行政局の制服に身を包んだ者が立っている。
ーーああ、なるほど。
やはり、警邏局も堕としておいて正解だ。未来ある若者達を言葉巧みにまとめあげた詐欺師の姿が、そこにあった。
壁を取り払ったのは、彼……ブラン・ルージュ秘書官だったわけだ。
「ガウナ・アウグスト公爵。貴方には、外患誘致の疑いがかかっています。ぜひ、ご同行を」
ーーあの狸の血をよく引いている。
いや、もしかしたら、背後に赤髪の誰かさんと、蜂蜜色の髪の誰かさんがいるのかもしれない。ダレス・ウィンゲルの凶行を隙とみて、気付かれぬように潜入するのは、予知でもしてないと無理な話だ。
ーーだけど、クライスを殺させるのを止めなかったのは、なぜなんだ? 僕がこれを手にしても、支障はないと判断した? それとも……。
「ソフィア・アルネルト殺害に関しては、クライス・エドガー氏が先走ったことと片付けて良いでしょう。王家への忠誠を含めてね」
トウェル王にひっ被せた罪が、クライスに返ってきた。間違いなく、ブランは現政権の犬。死人に口なしは、ガウナの専売特許ではないということである。
だが、これは好都合だ。誘導されている感じが否めないが、反証だけでなく、この裁判自体を終わらせてくれるなら、乗ろうじゃないか。
死を最大限に利用しろと、ガウナはかつて、エリオットに言った。だからガウナも、クライスの死を利用することにした。
だが、彼の“良心”は、それを許してはくれなかった。
「また、おんなじことを繰り返すのかよ!」
ガウナの胸ぐらを掴んで、叫ぶ。
「師匠も、お前も、間違ってる。殺させられた人の気持ちを、なんっにも考えちゃいない!!」
草色の瞳の奥には、炎が宿っていた。
「公爵から手を離しなさいジルト君。彼は今から、連行されるのだから」
アヴェイル判事が宥めるが、ジルトは唇を噛んで、首を横に振った。
「嫌です。今度は、手を離さない……何度だって言うからな、お前は間違ってる。そんなもののために、大切な人を失うなんて馬鹿げてる」
「……クライスは、祝福してくれたよ」
「それが嫌なんだよ!」
ジルトは、胸ぐらを掴む手を離さずに、もう片方の腕で顔を拭った。何を拭ったかは明白だ。声にそれが滲み出ている。
「なんで、納得して死んでいくんだよ。なんで健気なんて言えるんだよ。なんで、大切な人を、自分から失えるんだよ!!」
「彼がそれを望んだからだよ」
ジルトの言葉は、ガウナの罪を明かしていた。取り繕おうと思えば、取り繕える。だが、ガウナはそれをしなかった。
「クライスが、僕の幸せを願ってくれたんだ。日和るなと、背中を押してくれた。ヘッジ子爵みたいにね」
最後の方は、ジルトにだけ聞こえるように。
「だから、僕はクライスに報いなければならない」
「狂ってる、お前も、師匠も……」
ガウナは、そっと、ジルトの手を外してあげた。体を折り曲げて目線を合わせる。彼の目の縁は、赤くなっていた。軽く拭って、ガウナは微笑んだ。
「君のためなら、いくらでも狂えるよ」




