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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
天秤と木槌(第三審)
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氷の仮面

もう一人いる。


トウェル王が発した言葉を、ジルトが理解するのには、そう時間はかからなかった。


「そうだ、もう一人は……」


ゆらりと、後ろで立ち上がる気配がした。聞こえてきた声は、低い低い、獣の唸り声のようで。


「取り押さえるぞッ!」

「舐めるな!」


それなりに歳のいった男だ。だが、動きは俊敏。即座に男の腕に縋りついたハルバの脳天に肘を落とし、隣にいたジルトを巻き込んで放り投げる。


「この時を待っていたんだ!」


走り出す男を、止めようとする者がいた。だが、男が持つ刃物を見て、大抵の者たちは道を開けた。


「未来が変わった」


頭を押さえながら、ハルバが言った。


「あいつ、クライスさんを殺そうとしてる!」




傍聴席を走り抜けた男は、陪審員の席へ。何事かと逃げ惑う陪審員の中で、唯一逃げないのが、ノーチラス侯爵だ。


「……そんなことをしても、君の家族は帰ってこないよ」

「わかっている。だが、貴方と違って、私の直接の仇はあの男です」


男のナイフ裁きは華麗なものだった。今この時のために鍛え上げられたそれによって、鮮やかに、ノーチラス侯爵の右腕を切りつけた。顔を歪めた侯爵は、それでも男の前に立ち塞がろうとしたが、とどめに右腕を蹴り付けられて、椅子に倒れ込んだ。


だが、ノーチラス侯爵が足止めしてくれたことによって、ジルトは男との距離を縮めることができた。トウェル王と男との距離はあとわずか。ジルトは、倒れ込み、男の左足にしがみついた。


「離せ」

「ダメですッ、殺したらダメだ!」


クライスは、ガウナの最高戦力だ。それが削られるとなれば、こちらとしても都合が良いのだが……なぜか、嫌な予感がした。学園祭の時の彼の、驚いた表情が思い浮かんだ。


「意味がわからないな」


冷たい言葉が降ってきて、ジルトの腕を容赦なく踏みつける。


「どうして殺したらダメなんだ? どうして、家族の仇を討ったらダメなんだ?」

「それは……」


口籠るジルト。男は笑って、


「仇を討てれば、何もいらないんだ」

「っ」


痛みのせいだけではない、ジルトは、手を離してしまった。

けれど、そうだ、アイツなら!


ふらふらと立ち上がる。トウェル王に肉薄する男。クライスの中にいるトウェル王は信用できないが、彼ならば、止めてくれるはずだ。


トウェル王が、男のナイフを蹴る。さすがはクライスの肉体だ。まるで、本物のクライスのような、鮮やかな蹴り。


だが。


飛んでいったナイフには目もくれず、男は、トウェル王の右腕を膝で蹴り付けた。からん、と音を立てて、あまりにも呆気なく床に落ちるナイフ。


「ナイフを蹴れッ!!」


よたよたと走り出しながら、ジルトは、銀髪の公爵に向かって叫んだ。だが、彼は、ゆるりと首を横に振った。何か、小さく呟いている。真っ直ぐに、クライスの方を見ている。そのクライスは、姿勢を低くした男に向けて、やはり何かを言っていた。ジルトには、読唇術の覚えがない。けれどそれは、不思議と、謝罪の言葉だとわかった。


そこから先は、すべてが、実際の時の流れに対して、遅く感じた。


男がナイフを拾い上げ、


クライスの左胸に、深々と突き刺す。何度も、何度も、何度も。


三回目の刺突で、クライスが、床に倒れ込む。吐血する。


駆けつけてきたアヴェイル判事他数名が、クライスの上に馬乗りになる男を引き剥がす。


クライスは、真っ赤な血の海に横たわっていた。


ガウナが、クライスに近づいた。


そこで、ゆるやかな時は、流れを取り戻した。


今度は、感謝の言葉だ。血塗れの彼の顔をハンカチで拭き、乱れている髪を撫でつける。ガウナは、手で口を覆っていた。法廷にいる人々が、それを痛ましそうに見守る。だが、ジルトにはわかった。彼は、笑っている。


「君に祝福を」


違う、祝福を受けるのは、ガウナの方だ。


ガウナは、あの日セブンスがしたことを、反復しているのだ。クライスの体が、光り輝いた。あの時と、まったく同じ光景だ。


「……?」


法廷にいる人たちは、その輝きを、幻と見たのか、目を擦っていた。


「クソがッ!!」


クライスを刺した男が、取り押さえられながら喚いている。


「なにが、“ごめんなさい”だッ!」


復讐を終えた男の目尻は滲んでいた。


「なにが、もう一人いる、だ。私の復讐を、こんな惨めなものにしやがって!!」 


男の叫びは、法廷に虚しく響いた。


「覚えていたのは、私だけじゃないなんて。これじゃあ、これじゃあ、あんまりだ……くそっ、私は、まんまと利用されたんだ」

「殺しておいて、そんなことを言うんですか」


ガウナが、クライスの元から離れて、男に近づいた。男が、先程までの威勢をなくして、後退る。


「アウグスト公爵、彼は……」

「大丈夫、何もしません」


ガウナが男を殺そうとしていると思っているのだろう。アヴェイル判事をはじめ、周りの人々は、男のそばから離れない。


「クライスも、貴方の家族を殺したのですから、これは報いです」


ゆっくりと、穏やかに。ガウナは、男にそう言った。男が頷く。


「そうだ、私が報いを受けさせた!」

「そして、クライスが、報いを受けることを望みました」 

「……!」


男の表情が歪む。


「クライスは、貴方の顔を覚えていたんでしょうね。いいえ、貴方の顔だけじゃない、貴方の愛する家族の顔も。どうしてなのか、おわかりでしょう?」


ガウナが立ち上がる。彼は、哀れっぽく、聴衆に訴えかけた。


「王家の忠誠のためとはいえ、彼にも良心があったからです! 彼は、この場で裁かれることを望んでいた! ですから、私を陥れたのです!!」


ガウナ・アウグストは、氷の仮面を被っていた。


そして、氷の心臓を持っていた。

おつかれさま

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