検察堕とし
…長い!
この裁判には、不確定事項が多すぎる。
被告人席に立ちながら、ガウナは視線だけで、法廷を見回した。正面に座るトラス判事に、悠然と立つクライス(トウェル王入り)。再審を呑んだ陪審員に、抽選で選ばれたという傍聴人たち。その中には、草色の瞳を持つ少年もいた。
明確にわかるのは、行政局から遣わされた検察が敵であるということだけ。
だからまずは、検事を堕とす。
ーーこれは、アントニー・マルクスとセットだ。まず、内務省と財務省を旧政権で括る。財務省は全くの無実だが、旧政権というだけできな臭くなる。
事実、財務省は一度、ルクレール・ヘッジの一件で燃えている。それほどまでに、旧政権から続いている組織には偏見があるのだ。
ーー内務省の中でも、警邏局は僕の味方だけど、これも切り捨てる。
ガウナはシンスから、警邏局が、リブラ邸にたどり着くのが異様に速かったことを聞いていた。そこで思い当たったのが、自分の二枚舌の弊害だ。
自分が逮捕されたことによって、情報統制ができなくなったことは事実。警邏局上層部はどろどろに濁っているが、下部はそうでもない。行政局も同様。壊れた壁の向こう側と向こう側で、下部の若者たちが手をとる様子がありありと想像できる。組織の歴史という対立要素は、若者には通じなかったりする。
よって、警邏局、行政局の若者がガウナを仮想敵として定める可能性もある。うまくすれば内務省を掌握できるだろうが、残念ながら、ガウナにその自信はない。内務省には、未だにあの秘書官がいるからだ。そうだ、あの秘書官も消さねばなるまい。
それから、外務省を巻き込む。外務大臣であるレオンは、完全にリルウ側。できれば彼も堕としておきたい。
「これら三省が結託し、戦争に乗じて、都合の悪い人間を殺す計画が企てられたのです」
言いながら、本当にやりそうだな、と心の中で苦笑した。彼の方を見れば、なにひとつ、表情を変えていなかった。それが答えだ。
戦争という言葉を口にしたのは、あくまでも外務省を巻き込むためなのだが……これも、プランとしてあったのだろう。末恐ろしいことである。
だが、そのプランは実行されなかった。それはなぜか。鴉の一族があまりに優秀すぎたからだ。戦争の陰などに隠れなくても、不要な人間を殺すことができたからだ。
……都合の悪い死体の処理。
鴉がなぜ鴉と呼ばれるか。不吉の象徴、王家という太陽に仕える漆黒の鳥。説は如何様にもあるが、死肉を啄むイメージからそう呼ばれていたのだと、スピレード内務大臣が、以前、話してくれた。
鴉は動かなくなった人間を啄み、その人間の姿形を変えてしまう。ただの物にしてしまう。まさに、名前のない死体が出来上がるわけである。
エドガー家は、死体処理のスペシャリストであった……当時は陸軍参謀だったスピレードに滅ぼされるまでは。
戦争に乗じた、旧政権の陰謀。もちろんそれはでっちあげだが、勘の悪い検事も、やっとガウナの狙いに気付いたようだ。顔色が悪くなっている。
そう、ガウナは、反証なんてするつもりはない。今この場で、全員を堕とすつもりだ。クライスを糾弾すると見せかけての、全方面への攻撃である。
戦争という言葉を使うリスクはある。ガウナの言う旧政権というのは、主にトウェル王の任期を指す。そうしなければ、現内務・財務・外務を糾弾できないからだ。王城では、トウェル王の前の三省はまったく別物であるという認識が強い。
戦争前の罪をでっちあげても、言いがかり感が否めない。
だが、ここで一つ問題がある。トウェル王の任期は、終戦直前の十五年前ということだ。
それまでは、トウェル王の父親である、シド王が就任していた。戦争を始めたのはシド王である。父が存命する中で、当時王子だったトウェルが策謀を巡らせたとは考えにくい。
戦争を巻き込みつつ、三省を糾弾するのにはまずこれを解く必要がある。
「……当時、シド王が病に臥せっていたのは皆様もご存知の通りです。唯一王子として生き残っていたトウェル王は、病床のシド王に代わって政治をすることが多々ありました……」
シド王の死にはいくつかの疑問が浮かび上がっている。それなのに流されたのは、皆、先の見えない戦争を早く終わらせたかったからだ。この曖昧な部分が、ガウナには都合が良かった。
「戦争を始めたのはシド王ですが、彼がその時点で正気を保っていられたのかは定かではありません。もしかしたら、戦争を始めたのは」
「今更戦争責任の話ですか」
苛ついたような検事が、口を挟んでくる。
「検事、発言をするときは、許可を取るようにしてください。とはいえ、被告人の話が長いことも事実です。被告人は要点だけ話すように」
トラス判事に注意されてしまった。ガウナは少し考え、ちらりと傍聴席を見た。ガウナの撒いた餌に食いついているのは、二社。
ーーあれは、好戦派じゃないな。
それだけ確認して、ガウナは元のクライス糾弾に話を戻すことにした。それにしても、“今更戦争責任の話ですか”とは。恐れ多くも内務省行政局に勤める者の言葉とは思えない。
「では、端的に話しましょう」
戦争と、トウェル王はなんとか結びつけられた。検事の憤りも相まって、信憑性も高まったことだろう。
「戦争は、内政の不安定さから、国民の目を背けさせるために計画されました。同時に、当時の政権にとって目障りな人物を、王家の鴉を使って殺す計画も進行していたのです。その計画の延長戦にあるのが、今、私が陥っている危機です」
「その計画を、証明する人物は?」
「ええ、存在します。ダガート・ノーチラス侯爵、彼が証言をしてくれると思います」
ガウナは、真っ直ぐに彼を見た。白髪の侯爵は、しばらく迷った後……クライスのことを見て、法廷に降りてきた。
「戦争に関連するかはわかりませんが、目障りな人物を殺す計画があったことは、事実と思われます……」
わかりやすいくらいだ。ノーチラス侯爵は、クライスのことを横目で見ていた。それに気付いているのだろう、クライスの顔をした彼も、ほんの少し、苦笑を浮かべている。
自分が身に覚えのない罪で悪者に仕立て上げられていくのを、彼は止められない。当然だ。ガウナを含め、開戦の真実は、王家の鴉であれども知る由のないことだ。ただ一人、魔術にて蘇った彼本人だけが、真実を知るのだが。
ーー彼は、そんなこと話せない。クライスが知っている以上のことを、話さなくてはいけないからだ。
セブンス・レイクには、感謝しないといけないかもしれない。
トウェル・ソレイユという化け物を、クライスの中に閉じ込めて制限をつけてくれたことに。大いに。




