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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
天秤と木槌(第三審)
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旧政権

いまごろは、再審が行われていることだろう。


「あの判事が、ガキどもをあそこに呼んだのはナイスプレーってとこだな。ダグラスんちのお坊ちゃんも、今は裁判に集中してることだろうし?」


『魔女の信徒』の教祖たるシンス・ゲイナーは、狭い部屋の中を、ゆっくりと徘徊した。


「そんで、裏でお前を消そうってわけ」

「とんだ皮算用だな」


椅子に縛られたアントニーは、それを鼻で笑った。しこたま顔を殴られたから、あまり上手く笑えなかったが。


「まだ、クソ公爵の無実は決まってないのに。俺が死んだら、お前はどうやって貴族に根回しをするつもりだ?」

「お前、まだ自分に価値があると思ってんの?」


せせら笑うシンスは、アントニーの腹に靴をめり込ませた。


「がふっ」


アントニーは、背中を丸めて咳き込んだ。


「お前のやったことは、時間稼ぎに過ぎないんだよ。再審? そんなのはどうでもいい。できればって条件だっただけ。寧ろ、あの方にとって大事だったのは、最終審であのガキが人の目に触れること」

「気持ちわる……」


アントニーは、二重の意味で言葉を吐いた。シンスが、黒曜石のような瞳を向けてくる。


「そんな気持ち悪いことでも、生きる原動力になってくれればそれでいい。ダグラスのことを笑えねぇな。俺たちアッカディヤ一族は、魔女に望みを託してるんだから」


瞳の色からは、依存が見てとれた。


「だから、お前は邪魔なんだよ。アントニー・マルクス。ヒントを与えてくれたところ悪いが、お前にはリブラ邸の借りもあるし、死んでもらいたいんだ」

「それこそ、ジルトに嫌われるぞ」

「そこは否定しない。だけど、魔女様がどうして英雄に執着したかを考えると、そうとも言えない。魔女様にはな、なんにもなかったんだ。英雄以外、なんにも」


そんなことはないだろう、と、アントニーは思った。なぜなら、御伽噺の魔女には、たくさん信者がいたからだ。それこそ、女として愛してくれる人間も。


だが、魔女は全てを切り捨てた。自業自得だ。


「自分から、悲劇のヒロインになりにいってんじゃねえか」

「そこも否定しない……ああもう、ああ言えばこう言うなお前は。あの方はな、そんな魔女様の実体験を通して、あることに気付いたんだ」

「あること?」

「そうだ……魔女様には、英雄以外なんにも残らなかった。失ったものへの執着は、すべて英雄に向けられた」

「……」

「英雄も、最後には魔女様しか見ていなかった。だから、今度もそうしてやればいい」


一呼吸おいて、シンスは笑った。


「英雄の人生も、引き算にしてやればいいんだ」

「……私がそうなったから貴方も、ってか? アホらしい」

「いやいや、これは効果覿面だぜ。なにせ、あの方の前世が証明してる……だから、俺はお前を殺す。喜べよアントニー、お前は、あのガキの人生における引き算の第一歩だ」


それは違う。ジルトの最初は、たぶん、両親だ。じくじくと痛む腹を抱えようとして、手足が縛られていることに苦笑する。魔術とやらが使えれば、こんな状況、どうにかできるだろうに。


足手まといという言葉が、頭に浮かんだ。


ーーだけど、どうしてすぐに殺さないんだ?


アントニーは考える。


ーー俺が、財務大臣の一人息子だから?


街を歩いている時、『魔女の信徒』の信者に拉致され、ここに連れてこられた。質素な家屋だ、助けは期待できそうにない。


「お前が考えている通り」


声が降ってきた。シンスは、優しそうな笑みを浮かべていた。


「俺は、お前をすぐに殺すつもりはない。さっきのは、あくまで予告だ。お前にはもう、裁判の根回し要員という価値はないが、まだ、別の価値はある。だから、お前はまだ生きてんだよ」


アントニーは、ばっ、と下を向いた。不覚にも、気弱な表情をしそうになったからだ。


「さぁて」


それをわかっているのか、わかっていないのか。シンスは、ひどく楽しげに呟いた。


「お前のパパは、お前を助けるために死んでくれるのかな?」




などということを意気揚々と話したシンスは、次の瞬間、ラテラに沈められていた。


「馬鹿じゃないのこの人。私のことを忘れてる」


アントニーの縄を解いて、代わりにシンスを椅子に縛りつけるチェルシー。


「ラテラ、こいつが目覚めたら、もう一回気絶させて」

「承知しました」


こくんと頷くラテラ。を、アントニーはぽかんと見つめていた。


「なんで、ここに」

「悪者の考えることはわかるからね、私もあの子も。ペラペラ喋ってくれて助かった。囮に使ってごめんね?」


両手をぱんっと合わせて、チェルシーはアントニーに謝った。未だに床に座ったままのアントニーの手を引いて、立たせる。


「さ、早く行こうか。じゃないと、()()の身が危ない」






いまごろは、チェルシーがアントニーを助け出している頃だろう。


ガウナがクライスを糾弾しているのを見守りながら、ファニタは思った。


ーー教祖と行動していた人物だもの、消さないわけがない。


もしもアントニーが、「あのとき一緒にいたのは、『魔女の信徒』の教祖です」と言いふらしたら、ガウナは窮地に追い詰められる。第二審の陪審員まで、殺さなくてはいけなくなる。その前にアントニーの口封じをするのは、ごく自然なことだ。


ーーでも、アントニーさんには、現財務大臣の子息という側面もある。


それが突然いなくなったとあらば、一大事である。まさに、アントニー・マルクスは消すのに“都合が悪い”のだ。


ーーだから、すぐには殺さないはず。


殺すには、それ相応の理由がいるし、役者がいる。


「旧政権の闇は、まだ消えていません」


たとえば。


「内務、財務、外務。この三省もまた、トウェル王の恐ろしい計画に携わっていたのですから」


たとえば、旧政権に恨みを持つ者が、アントニーを殺した、とか。


ーーきっとあの人は、これをただの弁護で終わらせる気なんてないんだわ。


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