齟齬
おかしい。
ジルトは、ハルバと会話をしながらそう思った。
「アドレナさんが、この前のことを謝ってきたよ。律儀だよな」
「この前? あー、アイツ、結構ストレス溜まってたみたいでさ」
よくわからないが、たぶんハルバに強く当たったりしたのだろう。ジルトはそう思った。誰にも話せない状況は、人を追い詰めるものである。
「あー、うん、ストレス。そうだよな、うん」
だが、ファニタのことをフォローしたつもりが、なんだか微妙な反応をされている。ハルバが生温かい目線でこちらを見てきた。
「これじゃ、この先心配だなぁ」
「いや、一応解決はしたぞ」
「どこがだ」
あまり会話が噛み合っていない。ハルバがそれとなく話を変えたので、二人でたわいもない話を続ける。
今は二人で、とある丘を登っている最中。学園からは少し遠いが、歩いていけない距離ではない。ジルトに見せたいものがあるとハルバが言うので、日があるうちにと出発したのだ。
丘の頂上に着いた頃には、もう日が傾く頃だった。
青かった空はだんだん赤に染まって、鳥が群れをなして巣へと帰っていく。そんな光景を見ながら、ジルトは噴き出た汗を手の甲で拭く。
「それで? 見せたいものって?」
「あれだよ」
ジルトの問いに、ハルバはそっと下を指さす。ジルトは目線を下に遣った。
「おお……」
絶景というのは、こういうのを言うんだろうか。そこからは、王都を一望できた。
遥か彼方にある王城、それより少し手前にあるセント・アルバート学園。無駄に広いあそこは、英雄式典の会場だろうか。
「すごいなここ! これなら、苦労して登った甲斐がある、な……」
興奮するジルトは、隣の親友の顔を見て語尾が小さくなった。
夕日に照らされたハルバの顔は、決して楽しそうではなかった。いつもたいてい笑っている彼には珍しく、物思いに耽っているかのような横顔で。その横顔から、静かな声が発せられた。
「なあジルト、お前、家族に会いたいって思ったことあるか?」
「なんだよ急に? うーん、会えるもんなら会いたいかな」
ハルバの問いに、ジルトは率直に答えた。四年前に亡くなった家族。まだまだ伝えたい言葉が、思いが、たくさんあった。
「それじゃ、火事で死んだ人たちが生き返るっていったら、お前はどうする?」
「どうもしないな。それを望んでる人たちはいると思うけど」
また、率直に答えた。少なくともジルトにとっては、損も得もない。
「そうか。やっぱりお前はすごいな」
ハルバは、眼下の風景をじっと見ていた。
夕日で赤々と照らされる王都を。
……燃えるような王都を。
忘我したかのようなハルバに、ふと、公爵から聞いた言葉を思い出す。
『そう、当時のダグラス家の当主はね、大火を予知していたんだよ。ダグラスは、代々予知に特化した、魔術師の家系なんだ』
ハルバ自体は知らないと公爵は言っていた。だが、彼は三大公爵家唯一の生き残り、ダグラス公爵家の人間だ。何か思うところがあるのだろう。
ジルトは迷う。
ハルバはきっと、ジルトの答えを、“死んだ家族に会いたいが、生き返らせてまで会いたくない”というふうに捉えたのだろう。だが、それは少し違うのだ。
そのことを、言うべきか迷って……結局ジルトは、的外れな賞賛を受け止めることにした。
空はどんよりと曇り、月を覆い隠していた。
薄暗い中、ジルトとハルバは学園への道を急いでいた。やはり距離がある。行きの時間を考えれば、学園には、門限の九時までにはギリギリ着くというくらいだ。
「なあハルバ、本当にこの道で合ってるのか?」
見たこともない路地裏を通りながら、ジルトは前を行くハルバに問う。
「へーきへーき! こっちが近道だからさ!」
「ならいいんだけどさ……」
気のせいか、学園の方向には進んでいない気がする。どんどん入り組んだところに入ってしまっているような……。
しばらく進んでいくと、予想通り、突き当たりに出てしまった。これは、引き返すしかないな……そうジルトが思い、ハルバに声をかけようとした時。
「なあジルト」
「なんだ?」
一瞬だけ顔を出した月が、ハルバの顔を照らした。振り向いた彼は、笑っていた。
「ありがとうな」
「なんだよ急に……っ!?」
瞬間、足元に映った影。ジルトが振り向くと同時に、腹に衝撃が走った。がくんと、膝から崩れ落ちる。
「く、そ……」
急速に暗くなる視界。遠くなる思考。
ジルトは己の愚かさを呪った。
ーーそういうことかよ……。
最後に目の端に見えたのは、見たことのある執事服。
そして、目を閉じる瞬間に浮かんだのは、
あの銀髪の公爵だった。
こんなにヒロインムーブさせるはずじゃなかったんだ




