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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
天秤と木槌(第三審)
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たとえ異端でも

一度だけ、高嶺の花に会ったことがある。


『その目、その目こそが、混沌の国を救う英雄を誕生させるのです』

『貴方は、英雄を産まなければならない』


産まなければならない、なんて、初めて聞いた言葉だった。その子は、まだ十歳にも満たない女の子だったけれど、王都、いや国中で誰よりも有名だった。


英雄信仰という、くだらないものがある。


かつて薔薇の魔女という災厄を討ち、国の危機を救った男。その男の瞳の色は、まさしく、彼女の瞳の色だった。


この国には、不確定なことを信じる者達が多すぎる。そして、男爵家に生まれた彼女を守る盾は、脆すぎた。



トラスが彼女と会ったのは、とあるダンスパーティーだ。彼女は、たくさんの高位貴族に囲まれていた。彼女は、子供っぽかった。そうとしか言いようがない。世間知らずな話し方をし、大きな声で笑い、時には高慢すぎる態度をとることもあった。それは、どの男に対してもそうだった。


『はー、可哀想なやつ』


トラスの隣にいた少年は、そう呟いた。この少年もまた、大人たちから崇められる存在だった。


『可哀想って、どういうことだ?』

『疲れる生き方ってことだよ』


赤い髪の少年は、それだけ言って、トラスのそばから離れた。しばらく観察していると、ぽつんと椅子に座っている金髪の王子の元へと向かっていった。


『疲れる生き方……』


少女は、実に楽しそうだったのに。






チェルシーは、口を尖らせた。 


「この前、蝋燭を消して点けたのに、判事ったら無反応だったんだもん。貴方は異端を“信じない”力が強すぎる。ううん、“見て見ぬふり”をする力が強い」

「……この前というのは」

「とぼけちゃってさ。陪審員のおじさんと悪い顔して話してたでしょ?」

「そうか。あの時火が消えたのは」

「私が蝋燭の火を消したからだよ。どれだけ異端を信じないかを知りたくて」

「チェルシー、お前……」 


そんなことしてたのか、だからぶっつけ本番で、蝋燭の火を消して点けるのに手慣れていたのか。ジルトが非難の目を向けると、チェルシーは、両の人差し指をつけたり離したりした。


「予習しとこうと思って。あと、これは奥の手で取っておこうと思ったんだけど」


そう言って、懐から、何かを取り出す。アヴェイル判事が、目を見開いた。


「それっ」

「書庫で見つけた。新聞記事のスクラップ? 最後の日付は、十五年前」


チェルシーが机の上にファイルを置いた。色褪せた新聞記事には、『ドラガーゼ公爵、男爵令嬢と結婚』と書いてある。


チェルシーは、ジルトのことを横目で見た。彼女は、ぺらり、ぺらりと、ページを遡っていく。間違いない、自分の母のことが、書かれている。


どこの男性と付き合っている、だとか、別れただとか、男爵家は、もう娘を売るしかないだとか。最後の記事の淡白さに比べて、熱の入った報道だ。


「戦争は、ある意味してよかったのかもね。この記事を書いてた人たち、みーんな死んじゃったわけだし」


チェルシーらしい言い方だ。ジルトは苦笑した。苦笑するしかなかった。


「貴方が異端を“信じない”のは、家系のせい。だけど、異端そのものを“見て見ぬふりをする”のは、どっちかというと、異端を信じる人たちを異端と看做すのは、このことが原因なんでしょう?」


チェルシーの口元は吊り上がっていた。


「貴方は、彼女のことを異端と思いたくなかった」






そう、あの出来事は、自分の中のロジックを捻じ曲げた。


『あっ』


背後で声が聞こえた。

咄嗟に振り向くと、さっきの金髪の少女が階段から足を踏み外し、こちらに落ちてこようとしていた。トラスは、咄嗟に彼女を受け止めた。 


『ありがとうございます、素敵な紳士さまっ』


命の危機を脱したばかりというのに、子供っぽくぎゅうぎゅう抱きついてくる彼女の体を、トラスは冷静に離した。


()()()()()()はしない方が良い』

『あら? どうして? こうすると、男の人は喜ぶのよ』

『そっちじゃない』


トラスは、駆け寄ってくる男たちを見とめて、少女の手を引いた。




手を繋いでいたのは、この少女が逃げようとするからだ。


『座っていろ。話があるから』

『私、お説教なんて大っ嫌いだから、やだ』

『わざとだろう』

『なにが?』


立ち上がりかけた少女を制して、トラスは思った。どうして僕は、こんなことをしてるんだろう。


『ここなら、大人たちは来ないから。君はなぜ、死のうとしたんだ?』

『そんなことしてないわ。あれは事故』

『いいや、自殺だ。すぐ下にいた僕には、君の表情がありありと見えた。君は、満足げに笑っていた』

『……私のことなんか、放っておけば良かったのに』


冷ややかな声だった。草色の瞳は、真っ直ぐに、トラスのことを見ていた。ただし、その色は澱んでいる。


『どうして、私のことをわかっておきながら、死なせてくれなかったの、トラス様。貴方なら、異端審問官の子なら、私のことなんて、見殺しにしてくれると思ったのに』

『阿呆か君は。異端審問官だったら尚更だ。君が本当に異端かどうか、審査する必要がある。というか、僕に心的外傷を植え付けるつもりだったのか』

『失敗しちゃったけどね』


少女は舌を出した。トラスと手を繋いだまま、立てた膝に、顔を埋める。


『どうして死ねなかったんだろう……』

『声を出したからじゃないか? それで僕に気付かれた』

『だって、声を出さないと貴方に気付いてもらえないじゃない。貴方が気付かなかったら、私に当たって死んじゃうし』

『君は本当に阿呆だな』

『なによ、君、君って。私には』

『シルヴィ・ウォールカだろう。いきなり女性の名前を呼ぶのは不躾だと思った』

『私の名前を知ってるの?』


草色の瞳が、見開かれる。


『君は有名だからな。名前ぐらいは知ってる』

『貴方は、私のことを、英雄の(はら)とか、呼ばないの』

『なんだその呼称は。高位貴族は礼儀を知らないのか』


片方で繋いでいた手が、両方で繋がれた。


『私、貴方のこと好き!』






そうだ。


あの少年の声で、彼女の声が呼び覚まされたのは。


あの少年が、嬉しそうだったからだ。あの時の彼女みたいに、草色の瞳を見開いて、驚いたように言ったからだ。


そして、それを思い出してしまったのはーー。


「たとえ異端でも良い。幸せになって欲しいと思ってしまったからだ」

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