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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
天秤と木槌(第三審)
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追い風

リラは、ペンを振りながら、満足げに笑った。


「さすがは、噂の御子息様ですね。人を騙すことにかけては超一流」

「騙すだなんてとんでもない、俺は、ちょーっとお貴族様方のプライドをくすぐってやっただけですよ」

「貴方もお貴族様、っていうか、俺らみんなお貴族様でしょうが」 


リラとアントニーの悪ぶった会話に、呆れたように割り込むのはランスである。


第二審における陪審員を脅迫、ではなかった、説得することに成功したランス達は、リブラ邸の客間にて、作戦会議を開いていた。ちなみに、セント・アルバートのお子様組は学校で授業中である。


再審に向けて動き出して気付いたのは、意外にも、自分たちには追い風が吹いているということ。


まず、犬猿の仲である、警邏局と行政局の若者達だ。四年前の火事を経験した若者達の間には、何か共通するものがあるらしく、今は両局の和解に向けて動き出している最中だとか。

これにより、『ユーフィット醫院』以来、両局の戦いの場になっていた裁判ーーアウグスト公爵の味方が警邏局、敵が行政局という構図は崩壊しつつある。加えて、派閥争いの為の裁判はもう一度見直そうという動きがあるらしい。


次に、リルウ女王陛下。袂を分かったアウグスト公爵を嵌めるのに乗り気かと思いきや、王立裁判所での参審員の選定は、一分の隙なく固めたものではなく、むしろその逆。本当にそれでいいのかと問いたくなるほどに緩いメンバーである。彼女自身、ソフィア裁判に関心を持っていないようだ。


最後に、アヴェイル判事……と、クライス・エドガー。信じられないことに、クライスの中には前の王様が入っているらしい。彼がアウグスト公爵に背信行為をしているのは、そのせいだ。


だが、彼は彼で別の思惑があるらしいとは、あの灰色の髪の少年の言。


『おじ、トウェル王は、最終審をする気はないみたいですよ。俺を証人に呼んだ時点で、アイツを追い詰めようとしてる線は消えました』


つまり、トウェル・ソレイユは、かつての盟友であるセブンス・レイクとは、別の思惑を持って動いているのである。王家の鴉であるエドガー家の末裔に憑依したのもその為。


追い風とは言っても、それぞれ、別の方向から吹いてくる風であり、いつ逆風になるかはわからない。


「一番不審なのは、警邏局と行政局が和解しようとしていることです」

「あ、やっぱり? あれだけ老害とか若造とか煽りあってたのに、今になって歩み寄ってるとかおかしいよな?」


リラが、机の上に置いた紙に、警邏局と行政局の文字を、横並びに書いた。行政局の側には検察の文字があり、二つを線で結ぶ。


「シンス・ゲイナーが私を陥れようとした家宅捜索は、警邏局が割り込んできたことによって、膠着状態に陥っていました。後になってわかったことだけど、それは、とある行政局員たちによってリークされていた」

「その頃から、仲が良かったってわけだ」


リラとアントニーの会話を聞きながら、ランスは考える。そうだ、その、都合が良いまでの不自然さが、逆風の前触れにしか思えないのだ。


「ユーフィット醫院の件で、行政局が公爵側についたことで、ちょっぴり行政局がリードしてたよな。警邏局は、それを面白く思っていなかった」

「不祥事もありましたからね〜」


警邏局の官僚、エリオット・ノーワンの起こした事件。それは結果として世間に小波を立てただけだったが、あれも、異端の端くれといえよう事件である。なにせ、“予知”が世間に知らしめられた事件なのだから。


エリオットは、会場にいたブラン・ルージュ秘書官が、グランテ視察の際に殺されることを予知した。そして、ルージュ秘書官が、予知された内容を、誰も知り得るはずのないことだと答え……


ーー待てよ。


そこで、ランスは思考の海から顔を出した。


机の上の紙を見る。いがみ合っていたはずの両局を束ねるのは、トーマス・デリナジン内務大臣。

彼はシリウス・スピレードの教え子で、アウグスト公爵側でも、リルウ陛下側でもない。そもそも、『魔女の信徒』の力で動いた事件を、信徒ではない彼が知り得るはずもない。だが、その下には、いるではないか、アウグスト公爵の邪魔をしたい人間が!


「秘書官」

「は?」

「え?」 


アントニーとリラが、同時にランスの方を見る。


「ルージュ秘書官が、束ねているとしたら?」


ランスは、リラのペンを借りて、両局の上にルージュ秘書官の名前を書く。警邏局、行政局両方から線を引いた。


「ジルト君達の話によると、ルージュ秘書官は、公爵に対して並々ならぬ恨みがあるらしいじゃないか」


あまり詳しくは教えてくれなかったが、だいたいの状況説明の時に、味方になってくれるとは思えない人々(女王陛下含む)に挙がっていた名前である。


「いま、彼には時間が有り余っている。工作は可能なんじゃないか?」

「……暇に飽かしてやることか、それ?」


アントニーの疑問もわかる。両局の和解は、育て親の副大臣でさえできなかったことである。


だが。


「……彼には、できるかもしれないわね」


リラも、神妙な顔で、ランスの意見に同調してくれた。そう、王城ではなかなか漏れることのない他省の情報を、内務省と繋がっている裁判所は知っているのだ。

スピレード内務大臣と、クリード内務副大臣の二代巨頭がいなくなった後、デリナジン内務大臣が、いったい誰の力を借りて内務省を立て直したのか、とか。


「その立て直しの過程で、両局の和解を成し遂げたのかも。推測にしかすぎないけど」

「いや、それだけわかりゃ充分だ。親父のコネ使って調べてみる」


アントニーが言って、席を立つ。


「善は急げだな。俺ァ帰るわ、それじゃ」

「あ、じゃあ俺も……」


立ち上がりかけたランスだが。


「アンタはもうちょっとここにいろ。な?」

「あ、はい……」 


妙な圧にやられて、ランスはすとんとソファに座った。それを満足げに見たアントニーは、ランスにぐっと親指を立て、


「ま、もろもろ頑張れよ?」


爽やかとも思える笑みを浮かべて、去っていったのであった。






しばらくの沈黙。


向かい合ったリラとランスは、二人同時に息を吐き。


「なんか、変な気を回されてない?」

「はは、そうだなー」

「……ところで、あのことだけど」

「わかってるよ。順調に進んでる。ジルト君達には悪いが、アレは冤罪じゃないからな」


あちらには予知能力者がいる。リラは現物を出さず、二人は会話をするにとどまった。


「まあ、これだけは譲れないよな」

「今は戦争の世じゃないからね〜。たくさんの人を殺したら、きっちり裁かれてもらわないと」


リラの笑顔は、文化祭の夜のそれへと変貌していた。


「先生との約束は、しっかり守らないとね」

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