追い風
リラは、ペンを振りながら、満足げに笑った。
「さすがは、噂の御子息様ですね。人を騙すことにかけては超一流」
「騙すだなんてとんでもない、俺は、ちょーっとお貴族様方のプライドをくすぐってやっただけですよ」
「貴方もお貴族様、っていうか、俺らみんなお貴族様でしょうが」
リラとアントニーの悪ぶった会話に、呆れたように割り込むのはランスである。
第二審における陪審員を脅迫、ではなかった、説得することに成功したランス達は、リブラ邸の客間にて、作戦会議を開いていた。ちなみに、セント・アルバートのお子様組は学校で授業中である。
再審に向けて動き出して気付いたのは、意外にも、自分たちには追い風が吹いているということ。
まず、犬猿の仲である、警邏局と行政局の若者達だ。四年前の火事を経験した若者達の間には、何か共通するものがあるらしく、今は両局の和解に向けて動き出している最中だとか。
これにより、『ユーフィット醫院』以来、両局の戦いの場になっていた裁判ーーアウグスト公爵の味方が警邏局、敵が行政局という構図は崩壊しつつある。加えて、派閥争いの為の裁判はもう一度見直そうという動きがあるらしい。
次に、リルウ女王陛下。袂を分かったアウグスト公爵を嵌めるのに乗り気かと思いきや、王立裁判所での参審員の選定は、一分の隙なく固めたものではなく、むしろその逆。本当にそれでいいのかと問いたくなるほどに緩いメンバーである。彼女自身、ソフィア裁判に関心を持っていないようだ。
最後に、アヴェイル判事……と、クライス・エドガー。信じられないことに、クライスの中には前の王様が入っているらしい。彼がアウグスト公爵に背信行為をしているのは、そのせいだ。
だが、彼は彼で別の思惑があるらしいとは、あの灰色の髪の少年の言。
『おじ、トウェル王は、最終審をする気はないみたいですよ。俺を証人に呼んだ時点で、アイツを追い詰めようとしてる線は消えました』
つまり、トウェル・ソレイユは、かつての盟友であるセブンス・レイクとは、別の思惑を持って動いているのである。王家の鴉であるエドガー家の末裔に憑依したのもその為。
追い風とは言っても、それぞれ、別の方向から吹いてくる風であり、いつ逆風になるかはわからない。
「一番不審なのは、警邏局と行政局が和解しようとしていることです」
「あ、やっぱり? あれだけ老害とか若造とか煽りあってたのに、今になって歩み寄ってるとかおかしいよな?」
リラが、机の上に置いた紙に、警邏局と行政局の文字を、横並びに書いた。行政局の側には検察の文字があり、二つを線で結ぶ。
「シンス・ゲイナーが私を陥れようとした家宅捜索は、警邏局が割り込んできたことによって、膠着状態に陥っていました。後になってわかったことだけど、それは、とある行政局員たちによってリークされていた」
「その頃から、仲が良かったってわけだ」
リラとアントニーの会話を聞きながら、ランスは考える。そうだ、その、都合が良いまでの不自然さが、逆風の前触れにしか思えないのだ。
「ユーフィット醫院の件で、行政局が公爵側についたことで、ちょっぴり行政局がリードしてたよな。警邏局は、それを面白く思っていなかった」
「不祥事もありましたからね〜」
警邏局の官僚、エリオット・ノーワンの起こした事件。それは結果として世間に小波を立てただけだったが、あれも、異端の端くれといえよう事件である。なにせ、“予知”が世間に知らしめられた事件なのだから。
エリオットは、会場にいたブラン・ルージュ秘書官が、グランテ視察の際に殺されることを予知した。そして、ルージュ秘書官が、予知された内容を、誰も知り得るはずのないことだと答え……
ーー待てよ。
そこで、ランスは思考の海から顔を出した。
机の上の紙を見る。いがみ合っていたはずの両局を束ねるのは、トーマス・デリナジン内務大臣。
彼はシリウス・スピレードの教え子で、アウグスト公爵側でも、リルウ陛下側でもない。そもそも、『魔女の信徒』の力で動いた事件を、信徒ではない彼が知り得るはずもない。だが、その下には、いるではないか、アウグスト公爵の邪魔をしたい人間が!
「秘書官」
「は?」
「え?」
アントニーとリラが、同時にランスの方を見る。
「ルージュ秘書官が、束ねているとしたら?」
ランスは、リラのペンを借りて、両局の上にルージュ秘書官の名前を書く。警邏局、行政局両方から線を引いた。
「ジルト君達の話によると、ルージュ秘書官は、公爵に対して並々ならぬ恨みがあるらしいじゃないか」
あまり詳しくは教えてくれなかったが、だいたいの状況説明の時に、味方になってくれるとは思えない人々(女王陛下含む)に挙がっていた名前である。
「いま、彼には時間が有り余っている。工作は可能なんじゃないか?」
「……暇に飽かしてやることか、それ?」
アントニーの疑問もわかる。両局の和解は、育て親の副大臣でさえできなかったことである。
だが。
「……彼には、できるかもしれないわね」
リラも、神妙な顔で、ランスの意見に同調してくれた。そう、王城ではなかなか漏れることのない他省の情報を、内務省と繋がっている裁判所は知っているのだ。
スピレード内務大臣と、クリード内務副大臣の二代巨頭がいなくなった後、デリナジン内務大臣が、いったい誰の力を借りて内務省を立て直したのか、とか。
「その立て直しの過程で、両局の和解を成し遂げたのかも。推測にしかすぎないけど」
「いや、それだけわかりゃ充分だ。親父のコネ使って調べてみる」
アントニーが言って、席を立つ。
「善は急げだな。俺ァ帰るわ、それじゃ」
「あ、じゃあ俺も……」
立ち上がりかけたランスだが。
「アンタはもうちょっとここにいろ。な?」
「あ、はい……」
妙な圧にやられて、ランスはすとんとソファに座った。それを満足げに見たアントニーは、ランスにぐっと親指を立て、
「ま、もろもろ頑張れよ?」
爽やかとも思える笑みを浮かべて、去っていったのであった。
しばらくの沈黙。
向かい合ったリラとランスは、二人同時に息を吐き。
「なんか、変な気を回されてない?」
「はは、そうだなー」
「……ところで、あのことだけど」
「わかってるよ。順調に進んでる。ジルト君達には悪いが、アレは冤罪じゃないからな」
あちらには予知能力者がいる。リラは現物を出さず、二人は会話をするにとどまった。
「まあ、これだけは譲れないよな」
「今は戦争の世じゃないからね〜。たくさんの人を殺したら、きっちり裁かれてもらわないと」
リラの笑顔は、文化祭の夜のそれへと変貌していた。
「先生との約束は、しっかり守らないとね」




