絡み合う思惑
ノーチラス家は、浮き沈みが激しい家だ。
一言で言えば、世渡りが下手。貴族でありながら、その血を何度も途絶えさせ、傍流の血に頼ってきた。かくいうダガートも、周りが死んだので仕方なく爵位を継いだ身だ。
四年前の大火、それ以前に、ノーチラス家は滅びの危機にあった。
あの烏は特別だ。濡れるのを厭うくせに、主命とあらば、オウムガイのいる深海へと潜ってくる。自分の命が散るのも厭わずに、獲物の死骸を主へと献上する、偏執的なまでの主人愛。
『主文ーー』
アヴェイル判事の声は、どこか遠くに聞こえていた。第一審で姿を見せた証人は、第二審でも姿を見せてくれた。
なんと自分は幸運なのだろうかと、その時に思った。我が血族を根絶やしにした烏の一族。その青年が、今、目の前にいる。
ーー焦るな、まだ、最終審が残っている。
ダガートの中には、とある野望が芽生えていた。獲物を追い詰める烏を、追い詰めようとするオウムガイ。不思議な構図が、あの時出来上がっていた。
赤茶けた髪の放蕩息子が言ったことは正解だ。ダガートは、復讐をしようとしている。一族の無念を晴らそうとしている。
これは、逆恨みという。なぜなら、ダガートが復讐すべきは、あの青年の両親で、元を辿れば、あの幼き女王の父親なのだ。
だが。
あの青年の両親は、十五年前の終戦とともに死んでしまったし、幼き女王の父親もまた、四年前に、火に呑まれて死んでしまった。ダガートの握った刃は、向ける先をなくし、空中を彷徨い……突如、烏と称される青年へと向けられた。
……天啓だ。
愚鈍なオウムガイには、そうとしか思えなかった。彼が主人を、アウグスト公爵を裏切らなければ。ダガートは、その復讐心を殻に閉じ込めて、静かに死んでいたことだろう。しかし、烏は容易く、一線を超えてしまったのである。
……天啓だ!
老人のようと揶揄される容姿。自分の命が長くないことを、ダガートは理解していた。両親の断末魔を隠し部屋で聞いた時から、ダガートの髪は真っ白になってしまった。樽の中に入ったまま、滝壺から落ちた男のように、一瞬にして、寿命を縮ませてしまったのである。
それほどに、突如としてやってきた烏は、死神は、恐ろしかった。なぜなら、心変わりをしないからだ。どんなに命乞いを聞いても、どんなに金を積まれようとも。一切聞く耳を持っていやしない。およそ、彼ら一族には、人間性というものが欠けている。
欠けているから、ちょうどよかった。きっと彼なら。
ーー自分の命の危機に陥っても、無様に泣き喚くことはしないだろうから。
第二審における、陪審員を説得したという知らせを聞いて、ガウナは満足そうに頷いた。
「そうか、再審は通りそうなんだね」
「はい。だけど、懸念事項が一つ。マルクス家の御曹司が、ノーチラス侯爵を焚き付けて、あんたの烏を殺させようとしてます」
「それはまずいな、と言いたいところだけれど、クライスを殺せる人物なんているのかな」
「それは俺も思います。御曹司に聞いてみたんですけど、あれは不確定要素を確定させたに過ぎないという言葉だけ返ってきました」
「アントニー君は、それ以外のことを知ってそうだね」
あの遊び人は、旧政権の、華々しいところと薄暗いところの両方を知っている。華々しいところはマルクス財務大臣から、薄暗いところは、スピレード内務大臣から。
「だけど、アントニー君がノーチラス侯爵にクライスを殺させるとは思えない」
「どうして?」
「ジルト君に嫌われるからだ」
堂々と言い放ったガウナに、シンスが半眼を向けてきた。
「よく自信満々に言えますね、それ」
「セブンス・レイクを見ればわかることだよ」
と言って、ガウナは徐ろに指をぱちんと鳴らした。
「?」
シンスが首を傾げる。こつりと靴音がして、この拘置所に勤める刑務官が姿を表す。
「げっ、俺消えますから」
「ま、見てなよ」
逃げようとするシンスを引き止めて、ガウナはのんびりと言った。そう、ガウナもまた、スピレードやアントニーほどではないにせよ、人身掌握術(違法)には自信がある。近くに来ていたであろう刑務官は、ガウナのいる牢の前で敬礼。
「進捗は?」
「はい、手筈通りに。奴を追い詰める手立てはできています」
「そうか。ありがとう」
短い会話を交わした後、刑務官はそっと、その場から離れ。
「……なんすか、あれ」
「ここの刑務官だよ」
「じゃなくて、なに、飼い慣らしてんですか」
「都合が良いからね。あの刑務官は、ここに長く勤めているらしい。当然、トラスが裁いた被告のことも知っているわけだ」
「てことは」
何かに勘づいたらしいシンスに、ガウナは頷いた。
「さきに仕掛けてきたのはあちらだからね。トラス判事は切ることにしようか」
「でも、そんなことしたら、あんたも裁かれちゃいますよ」
「当然、トラスからの告発は免れない。だが、逃れる術はある」
ガウナは苦笑する。
「それを今、リルウが用意しているだろうからね」
まったく、愚かなことだ。そんなことをしたら、あの少年に嫌われることをわかっているだろうに。
シリウス・スピレードの“教え子”たる、トーマス・デリナジン内務大臣は、目を剥いた。
目の前では、燐光を纏っている妖精、ではなく、それと見紛うほどに可憐な、幼き女王が玉座に座っている。
だが、紅い瞳はどこまでも苛烈で、冷酷だった。
「さきほど言った通りです。諸所の裁判が終わり次第、これを始めます」
「ですが、これは……!」
「撤回はしません。貴方がするべきは、舞台を用意しておくことです。良い貴族を、見繕っておいてくださいね?」
微笑む女王陛下は、可憐には可憐。だが、毒を孕んでいる。トーマスは、ただただ、頷くしかなかった。
あとは、地下とあの人だけです。




