オウムガイ
ガチ聖人その2
客観的に。
本当に客観的に、自分の主人を見るとするならば、あの王様のヒントにも頷ける。
雪原を思わせる銀色の髪に、寒くて深い空のような藍色の瞳。ガウナ・アウグストは、薔薇の魔女の力を受け継ぐだけあって炎の使い手だが、見た目だけで言うなら、そう。
「さすがは、“氷の公爵”といったところでしょうかな」
ご自慢の髭を撫でながら、第二審の陪審員の一人、ダガート・ノーチラス侯爵は、興味深げにアントニーの話を聞いてくれた。
「そちらのお方は?」
シンスの方に視線が遣られる。すかさずアントニーが、
「こいつは借金のカタに、奴隷同然に使ってる貴族の三男坊ですよ」
と、へらへら笑って庇ってくれる。庇うのは良いが、奴隷同然ってどういうことだコラ、と先ほど感じた感謝の気持ちが吹っ飛ぶシンスである。
とはいえ、この場でアントニーに反抗しては、主人を救えないので、シンスは会釈をするにとどまった。
「はあ……心を入れ替えたとは聞きましたが、やはり噂は噂。放蕩ぶりは変わらないのですね」
心底呆れたというような溜め息を吐く、ノーチラス侯爵。あのマルクス家の御曹司に、そんなに堂々と呆れることができるとは。シンスは、侯爵に感心していた。
同じ侯爵位でも、マルクス家とノーチラス家の格は違う。
代々要職を賜ってきたマルクス家と、一旦は血を途絶えさせ、傍流の血で細々と続けてきた、紛い物といえようノーチラス家では、圧倒的にマルクス家が勝っている。
貴族というのは、上下関係に敏感で、基本的に上の者には逆らわない。それなのにこの侯爵は、アントニーの目の前で、アントニーの悪口を言ったのである。
ーー胆力あるな、この爺さん。
正確には、ノーチラス侯爵は壮年である。だが、よく言えば落ち着いた、悪く言えば世に疲れ切ったような姿は、老年と呼ぶに相応しい。
若い頃は、栗色の髪の溌剌とした青年だったらしいが、今はその髪も真っ白に染まり、目は落ち窪み。それが彼の本来の年齢を隠している。侯爵が言う通り、噂は噂だが、彼はとあることがあってから、白髪になってしまったのだとか。
「公爵は、ご自分の置かれた状況を、正確に理解しておられる。卑劣な宗教組織に罠に嵌められようとも、王家の犬に裏切られようとも、ご自分を信じ、あなた方のような助けが来るのを待っておられたのですな」
「なんか、随分好意的っすね?」
アントニーの言葉の通りだ。シンスは、微笑みすらしているノーチラス侯爵を、変な生き物でも見るような目で見てしまう。
ガウナ・アウグストは貴族の間では嫌われ者だ。なにせ、ガウナは四年前からのぽっと出。いくら実績を積もうとも、ぽっと出に自分の上司になられた恨みはそうそう消えることはない。
それは、目の前のノーチラス侯爵にも言えると思うのだが。なぜかこの侯爵、ガウナに好意的とも思える態度をとっているのである。
第二審、彼が下した懲役年数は、最短の三年。殺人犯とは認めつつも、どこか同情を感じさせる量刑である。結果的に、他の陪審員達に押し切られてしまったのだが……それも、侯爵が戦おうとしなかったからで、彼が戦っていたら、もっとマシな結果になっていただろう。
つまり彼は、良心はあるが、積極的にそれを使おうとしない善人、といったところなのだ。
ーー行動力のない善人、か。
何が彼をそうさせるのかはわからない。だが、これは厄介だ。彼は、自分の善意を線引きしているのだから。
ガウナに一応の好意は示しておきながら、それ以上は助けようとしない。今だって、
「ええ、私は、アウグスト公爵には、助かってほしいと思っていますから」
助けたい、ではなく、助かってほしい。
自分が陪審員だったのに、他人事のような言い方である。完全に、傍観者に徹しているのだ。
彼は、少しの良心をもたげさせておきながら、海の中をゆらゆらと流されるオウムガイである。
ーー他の二人はまだ良かったな。
ここに来るまでに説き伏せてきた陪審員は、あまりにも簡単に、わかりやすく、優勢な方へと流されてくれた。だが、ノーチラス侯爵に至っては。
「もう一度、裁判に参加する意思はありますか?」
「ええ、ありますよ」
穏やかに答える侯爵。掴むに掴めない彼に、シンスは不気味さを感じていた。
「寧ろ、参加したいとさえ思っています」
「参加したい?」
「ええ、勝ち馬に乗るのは、貴族の嗜みですからな」
まったく、そんなことを思っていないだろうに、そんなことを嘯く。
ーーコイツ、何が狙いだ?
他の陪審員のように、明確に敵対している貴族はいない。良心を持っているのに、それを使おうとしない。だが、裁判にはもう一度参加してくれるのだという。
……動機がない。
流されやすいといえばそれまで。同情していたガウナを救うチャンスだから動いたといえばそれまで。だが、このオウムガイは、何か別の意思を持っている。
「そりゃありがたい。これで、俺の金儲けも上手くいくってもんですよ」
アントニーは、能天気に笑っている。シンスは、肘でどつきたくなった。
ーーどう考えても、コイツは怪しいだろうが!
「アントニー殿は、どうしてそんなに金が欲しいのですかな」
「そりゃ、親の金なんて当てにならないからですよ。いつ無くなるともしれんですからね。この意味、アンタにはわかるだろ?」
「……」
それまで、息を潜めていた殺気が、ぶわりと膨れ上がった。
「お、おいバカ御曹司、あんまり挑発するなよ」
「設定忘れてるぞ教祖サマ。なあ、ノーチラス家の生き残りさん、俺はアンタの復讐を応援してやるよ」
……そういえば、コイツ、あの爺さんの弟子だったっけ?
かつて、ガウナに聞いた話が、シンスの中に蘇った。シリウス・スピレード内務大臣は、人を育てることに長けていた。そいつ自身が気付かない傷を抉り、癒し、自分が唯一の味方であるかのように錯覚させる。凶悪極まりない洗脳術。
殺気が、収まりつつあった。
アントニーは、師匠譲りの、詐欺師の笑みを浮かべている。
「一緒に、クライス・エドガーを殺そうぜ」
オウムガイが引いた一線を、アントニーは、正しく理解していた。




