誘い
あれから。
伯爵との和解というには苦すぎる和解を終え、ファニタは学園の日常へと帰った。
「だーかーら! 俺は出ねえから、植樹祭とか! 偉い奴らが木を植えるだけじゃん!!」
「だからっ、それを見てるだけなんだから楽って言ってるでしょ!?」
朝っぱらからギャーギャー騒ぐファニタとジルトを、クラスメイトは生温かく見守ってくれる。それは、レネも例外ではない。
休み時間。ファニタはレネに、これまでの態度を詫びた。
「ごめんね、レネ。あの、ジルトのことなんだけど……」
「勘違いだったのでしょう? 今朝の様子を見たらわかりますわ。よかったですわね」
「え、あ、うん……」
拍子抜けするファニタ。レネは腰に手を当て、挑戦的な笑みを浮かべる。
「私はそうだと思ったから、敢えて貴方に乗りましたの! 心配なんか、してませんでしたわ!」
「うん、ありがと」
『レネとかハルバが、ちらっちら見てきたのもわかってたし』
月下の中でのジルトの言葉が蘇って、ファニタは苦笑する。レネは、そんなファニタに首を傾げた後。
「だいたい、貴方は頭はいいのに精神的にはヘタ」
「レネ?」
「うっ。と、とにかく、良かったですわね!」
凄みのあるファニタの声に、レネが努めて明るく言った。
「そうしたら、今度は彼ですわね」
レネは優しげな笑みを浮かべていた。そう、八つ当たりをしてしまった彼にも、謝りに行かないと。ファニタは決意して、教室を飛び出した。
一方。
「バルフィン、お前、アドレナさんと仲直りしたのか」
「一時期は八つ裂きにしてやろうと思ったが、ギリギリセーフだな」
「もっと甘みを足していけ」
謎のクラスメイト三人組は、ファニタとレネが話している時に、久々にジルトの肩を叩いてきた。そして各々言葉を言うと、満足げな顔をして去っていった。それを久々に呆然として見送り。
ーーいや、お前らが意味深な態度取るから、気づくの遅れたんだけど!!
ジルトは心の中でそう突っ込んだ。
なぜかいつも、ファニタの話をかわるがわるしてくる謎の三人組が、あの時はジルトを殺さんとする目で見ていたので、はじめジルトは自分に非があると思ったのである。
「まあ、なんにせよ、これで戻ったってところかな」
もちろん、気になることは山積みだ。
『我々は魔女の信徒を切るつもりでした』
リルウを『魔女の信徒』に渡さないよう、保険はかけてあった。
ジルトは本当に偶然に、その邪魔をしてしまったに過ぎないということか。
偶然に? なわけあるか。
ジルトは自分の考えにすぐに否をつきつけた。
脳裏に金色の髪の女王様が浮かぶ。彼女は、“自発的”にジルトに助けを求めた。
『今日だって、表向きは内政に興味ない担がれ女王様が私なんていらないんだーと悲観して飛び出した設定です』
あんなに聡明そうな女王様が、囮のことをわかっていないはずがない。クライスに守られているという前提で、なぜかジルトに助けを求めたのだ。
その行為が良かったか悪かったかは、あとでわかるだろう。
そして、宙ぶらりんになった、あの伯爵の処遇。彼は『魔女の信徒』を辞めるそうだが、そう簡単に辞められるものだろうか。
まあ、『魔女の信徒』の手に、例の論文が渡らなかったことは喜ぶべきことである。
『アッカディヤの魔術儀式』。
天才、ガイアス・アドレナが辿り着いた、秘匿すべき結論。ジルトが知るのは、リルウとハルバを使って、薔薇の魔女を蘇らせるということのみ。あの後ファニタは妙にスッキリした顔で、何も話そうとはしなかった。あのヤバそうな会話を聞く限り、できれば墓場に持っていくつもりなんだろう。
「ちょっとでも、上向いてくれればいいんだけどな」
ジルトは呟く。たしかに、『アッカディヤの魔術儀式』を、伯爵が『魔女の信徒』に渡さないのはいいことだ。だが、まだあの公爵が残っている。
考え込むジルトは、背後から近づいてくる気配には気付かなかった。
「わっ!!」
「うお!?」
背中に衝撃。その犯人は、ハルバだった。
「びっくりしたか?」
「結構な。珍しいな、お前がこっちに来るなんて」
そう言うと、ハルバは「まあな」と珍しく曖昧に笑って言った。
「なあジルト。お前、今日暇だろ? 放課後、街にでも行かねえか?」




