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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
天秤と木槌(第二審)
307/446

燭台

ソフィア・アルネルト殺害事件・第二審における、ガウナ・アウグストへの刑罰は以下の通り。


執行猶予なし、懲役十三年。

爵位剥奪および、宰相職の罷免。




「少し、手緩すぎではありませんかな?」


第一審に携わった陪審員である貴族は、ティーカップを傾けながら笑う。


「いっそ、死刑にでもすれば良かったものを。貴方ともあろう方が、情でも湧きましたかな?」

「いえ、そうではありません」


愚かな男だと内心で思いながらも、それをおくびにも出さず、トラスは首を横に振る。


まったく、この国の貴族は、裁判を娯楽か何かと勘違いしている。貴族だけに与えられた特権ゆえに、それを行使して、優越感に浸る愚か者の、なんと多いことか。


彼らは、裁判記録に名が載ることの意味を、深く考えていやしない。もしも、自分の関わった裁判の被告が死刑に処されたとして、後で無罪の証拠が見つかったら? 今度は自分が法廷に立たなければならないのである。


裁判に携わる者には、権利と義務が発生する。そうそう甘い汁ばかり吸っているわけにはいかないのだが、いまのところ、貴族の内輪感が強いので、裁判は軽んじられている。陪審員の貴族達の間でも、格差があり、より位の高い貴族の主張が優先される。


ちなみに、今トラスのところに来て管を巻いているのは伯爵であり、懲役年数を重くしようと画策していたが、呆気なく跳ね除けられた人物である。


ーーこの男に、裁判の重要性を説いたところで、意味はない。


この男は、自分の主張が通らなかったことを嘆いているのだ。だったら、これからアウグスト公爵が辿る道筋を示してやるだけで、自分の主張は受け入れられたと、納得してくれるだろう。


「次の王立裁判所で、彼は死刑になります。わざわざこちらで死刑を言い渡さずとも、ね」


王立裁判所で行なわれる裁判は、極端だ。生か死か、二つに一つ。だが、生の確率は極めて低い。


なぜなら、王立裁判所は、最終の場であるからだ。


「すでに第一審、第二審と有罪を積み上げてきたアウグスト公爵には、万に一つも無罪の目はありません。悪くなることはあれど、良くなることはないということです」

「しかし、それならば、最初から死刑を言い渡しておけば良かったのでは? 死刑が二回積み重なれば、三回目の死刑も確実でしょう」

「ええ、そうですね。ですが、それだと面白くない」


トラスはわざと、口の端を吊り上げた。


「最初から死刑にしたのでは、希望も何もありませんからね。希望を持たせておいて、最終審で握り潰す。どうです? 胸が踊りませんか?」

「おお……!」


鬱憤を晴らしたがっていた男は、興奮していた。


「それを見越して、懲役などという軽い罪にしていたのですか!」


思わず失笑してしまいそうになる口元を引き締める。懲役を軽い罪と言うのは、言い渡す側の特権である。


懲役は、十分重い罪だ。社会から隔絶された人物ならともかく、社会的に地位の高い人物にとっては、まさに天から地に落ちるがごとく。


家族や友人がいたならば、その人々から引き離される。精神的支柱を失う。名誉ある職に就いていたのならば、誰かにそのポジションを取って代わられる。貴族であるなら領地経営もできず、落ちぶれていくばかり。


今回公爵に下った十三年は、長い長い月日だ。確か、彼は二十代。若さが有り余る貴重な時期を、牢屋暮らしに費やすのは、彼にとってどんなに屈辱か。

あの煌びやかな若造が、暗くて狭い空間に閉じ込められるところを、トラスには想像できなかった。


「ええ、ですからご安心ください。ガウナ・アウグストの命日は、最終審の日と決まっているのですから」

「おお、待ち遠しいですな!」


どうやら、単純な客人は鬱憤を晴らすことができたらしい。トラスに礼を言って、そそくさと帰って行った。






一人残されたトラスは、上質な革張りのソファに沈み込んだ。


ゆらゆらと揺れる燭台の炎を見る。


……炎。


トラスには、それが許せなかった。なにも、四年前の大災害のことだけではない。この国の水底で、静かに蠢く異端の端切(はしき)れを見るだけで、トラスの体には虫唾が走った。


トラスの先祖は、はるか昔、神を信じる者達を十字架にかけ、焼き殺したのだという。聖書は焼かれ、神の名前は口にすることを禁じられた……神なき世を創ったのは、誰あろう、アヴェイル家の先祖なのである。


人間以外のものを頼るから、人は堕落する。きっと、トラスと同じ思いを、先祖は抱えていたに違いあるまい。


トラスは法が大好きだ。なぜなら、人間社会の最たるものであるから。ソマリエ裁判所の女神像は、内心取り壊したいと思っている。法は、神から与えられたものではない。人間が作りしものなのだ。


で、あるからにして。


「異端は、火炙りだ」


先日、王家の鴉に言われたことを掻き消すように、トラスは据わった目で呟いた。燭台の炎が踊る。もちろんそんなことはありえない。ありえるとしたら、自分の異端への憎悪がそうさせているだけである。決して、神という異端の力がそうさせているわけではないのだ。


……裁判に携わる者には、権利と義務が発生する。そして、トラスは、こと異端に関しては、その義務を重視していた。


異端は裁かれなければならない。人の形をした異形は、火炙りにして、真の姿を現させなければ。


そう、あの、ゴート・アゼラのように。


『魔女の信徒』という、ふざけた御伽噺を信じていた、頭のおかしい集団。もう終わった事件だが、まだ残党が残っているという噂もある。


だから、異端ではなく、こちらの世界に身を置く公爵のことは、トラスにとっては、至極どうでもいい案件だった。彼とは、表でも裏でも付き合ってきたからわかる。彼は異端を許さない人間だ。こちら側の人間である。


さきほど、あの愚かな男には言わなかったが、彼ほどの人物を死刑にするには、リスクが伴う。だからといって、無罪にするには、あの鴉が邪魔をする。

なにより、せっかく火刑に処した死人のことを掘り起こされそうになっている。あの火刑に後悔はないが、自分の経歴に傷がついては、これから裁けるはずの異端も裁けまい。


公爵には悪いが、これは、アヴェイル家に生まれた者の使命である。


鴉は、捻り殺して薪にしてやる。余計なことを言う前に。


ーーそうだ、これは、憂国ゆえだ。


この国に、異端など存在しないのである。




トラスは使用人を雇わない。信じているのは己のみだからだ。

客人の残していったティーカップを片付けるために、ソーサーごと持ち上げようとする。一瞬、炎が揺らめき、部屋が暗闇に包まれた。


がしゃん!


陶器の割れる音。次の瞬間には、明るさが戻ってきた。部屋を照らしていた燭台の炎が、一回消えて、また、灯ったのである。


「横着しすぎたな」


トラスは、何事もなかったかのように破片を拾い集め、ゴミ箱に捨てた。


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