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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
天秤と木槌(第二審)
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譲渡

クライスを視ようとすると、真っ白な光に覆い隠されてしまう。まるで、あの荒屋の時のように。


だから、ハルバは目を閉じて、耳を澄ませた。深く、深く。奥底まで潜っていく。


『やあ、君を待っていたんだ』


その人物は、悠々とした声でそう言った。


『僕が憎いだろう? それなら、僕を殺すといい』

『憎くはない。ただ、返して欲しいだけ』


……ガウナの声である。彼に殺された人物で、この話し方。ハルバは、その人物が、誰であるのかを悟った。


『それなら尚更。僕を殺して、これを……っと』


ーーなんだ?


何かが起きて、その人物が、トウェル王が、言葉を止めた。背景で聞こえていた悲鳴も、命乞いの声も、その瞬間に聞こえなくなる。


掻き消えたと言った方が正しい。まるで、時が止まったように、何も聞こえなくなり、そして。


『……これだから、魔法使いの家系は卑しいんだ』


ため息混じりの声が、すぐそばで聞こえた。


『せっかく、ガウナ君に皆殺しにさせたのに』


ぞくり。


ハルバの全身が粟立った。間違いない、これは、ハルバに対して向けられている言葉だ。


……気付かれている!


すぐに耳を塞ぐ。目を開け、現実に浮上しようとする。だが、彼はそれを許さない。塞いだ手のひらなど意味もない。虚空のような、濃厚な闇のような声は、いとも容易く鼓膜を破ってくる。


『君も、こちら側に来るかい?』


はっ、はっ、と、ハルバは浅く短い息をした。心臓を掻き毟りたくなるような、嫌悪感、不快感、忌避感。


ここからどうしたらいいのかわからない。“声”を通して、ハルバは向こう側へと、引きずられようとしている。


「いやだ、行きたくない、許してくれ」


ハルバは頭を振った。誰かの手が伸びてくる。キツく目を瞑って、それを拒絶しようとし。



「ハルバッ!!」



たしかに、生きている者の温かさを感じ、ハルバは再び目を開けた。鈍く光る、草色の瞳と目が合った。


「危なかったら戻ってこいって言っただろ!?」


ジルトは、眉と眦を吊り上げていた。相変わらず、ハルバの腕を掴んだまま。それに苦笑しながら、ハルバは顔を上げる。


「俺、どのくらい潜ってた?」

「時間的には、それほど経ってないわよ。ほら」


ファニタが、食堂の壁にかけられている時計を指さす。たしかに、五分も経っていやしない。


ハルバは、前髪をかき分けた。


ーー不甲斐ない。


額に汗が滲んでいた。体が冷たくなっているような気がする。


「あーあ、もう少し潜れれば、何を返したかわかったのになぁ」

「何を返したか、って?」

「クライスさんの中にいる人が……ごほん、あの、トウェル王なんだけど」

「げえっ!? あの人かよっ、むぐ」

「静かに」


即拒否反応を示したジルトの口を塞ぐファニタ。


「それで? トウェル王が殺された原因が、わかるかもしれなかったのね?」

「そうなんだよ。公爵は、返してほしいだけって言って、トウェル王は、僕を殺してこれを、って言ってた」

「“これ”ってことは、なにか、モノだったりするのか?」


ようやくファニタの手から解放されたジルトが首を捻り、


「モノ……って、もしかして」


何かを閃いた様子のファニタ。ぽん、と肩を叩かれる。


「ハルバ、お手柄よ!」

「へ?」






ジルトは、わかることだけわかって挙動不審になったファニタを見ながら、


「つまり、だ」


と、言った。


初めて会った時、父の背中に刺さっていたそれを思い出す。たしかに、アイツは、探していたと言っていた。


「公爵が、トウェルおじさんを殺したのは、聖剣を返して欲しかったからってことか」


こくこくこく。


ファニタが首振り人形のような動きで頷く。ついでに、「口塞いじゃった」と小さく呟く声も聞こえた。


「でも、それなら、おじさんはどうして聖剣を使わなかったんだろうな? 正確には聖剣じゃないけど、それを持ってたら、公爵に勝てただろ」


少なくとも、地下から這い上がってきたガウナが武器にした、フォークやナイフ、あるいは、死者からはぎ取った刀剣よりも、はるかに強いはず。


それなのに、死んだということは、聖剣を使わなかったということだ。どころか、自分が聖剣を持っていると明かし、自分を殺すように煽る始末。


「あの人が、俺に聴かれたくなかったのは、そういうことなのかもな」


ハルバが、少しだけ笑みを浮かべて言う。それは、自嘲の表情だ。


「死にたかったから、なのかもしれない。公爵に殺されたかったから、聖剣を餌にしたのかも」


かつて、希死念慮に囚われていたハルバはそう言った。


「自分で死ぬのが難しかったから、殺してもらおうとしたのかもな」

「もしくは、公爵に聖剣を渡したかったからかもしれない」


しばらく、なぜか悶々としていたファニタが、きりっとした顔で話に入ってきた。


「もう大丈夫なのか?」

「ええ。逆にラッキーだと思ったから大丈夫」

「大丈夫なのか、それ」


よくわからないが、ファニタは満ち足りた顔をしていた。


「ただ殺されるなら、言葉だけで、聖剣を持っている必要はない。それなのにわざわざ本物を持っていたということは、はじめから、アウグスト公爵に譲渡するつもりだったんじゃないかしら?」

「殺されることに意味があって、聖剣を渡すことに意味がある……」


ただの被害者じゃないことはわかっていた。だけど、その野望は潰えたと思っていたのに。


『またね』


彼が去り際に言った言葉を思い出し、そして、昨日のアヴェイル判事の言葉を思い出し。


「上等」


ジルトは、呟いていた。


ーーわざわざ呼んでくれたんだ。今度こそ、おじさんに報いてやる!

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