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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
天秤と木槌(第二審)
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迷わない子羊たち

くるり、くるりと、ナイフを回す。よく磨かれている刀身は、照明を跳ね返し、目に眩しいくらいの光を放っていた。それを矯めつ眇めつ、ひっくり返したり振ってみたり。


チェルシーは、ほうと溜め息を吐く。


「うーん、流石はセブンス・レイク。良いナイフを見繕ったね〜。どう? ラテラ、新しい武器にしない?」

「はい、そうし」

「証拠品を携行させようとするな」


ラテラが続きを言う前に、ジルトはチェルシーの頭に拳骨を落とし、ナイフを回収した。


「まったく……これは、俺が預かっておくからな? パフェちゃんも、自分の主人だからって、なんでも言うこと聞かなくていいからな?」

「なんかジルト、ラテラに甘くない?」

「お前が意地悪な分、甘いだけだ」

「むう……」


頭を押さえたチェルシーが頬を膨らませ、「ジルトが意地悪な分甘やかして!」とラテラの胸に飛び込む。どっちが年上だか、わかりはしない。


ラテラは、優しい笑みを浮かべてチェルシーの珊瑚色の髪を撫でた。


「ごめんね、ジルトお兄ちゃん。チェルシー様、人のためになる良いことをしたことがないから、ちょっと悪いことしないと、バランスが取れないみたいなの」

「なんだそれ」 

「ラテラ〜!」


チェルシーの頬が赤く染まっているのを見ると、どうやらそれは事実らしい。ジルトは、机の引き出しにナイフをしまった後、頬を掻いた。


とはいえ。


「そうだな。チェルシーとパフェちゃんは、良いことをしたんだ」


チェルシーの認識阻害結界と、ラテラの隠密機動能力があったからこそ、誰にも気付かれずに、リブラ邸に侵入することができた。 


いくらアントニーが警邏局と行政局を惹きつけたとしても、中のナイフが屋敷にあったのでは不安が残る。かといって、誰かが屋敷に入ってナイフを持ち出そうとしたら、その時点でアウト。もちろん屋敷の主人であるリラも、屋敷から出た途端に持ち物検査をされてしまうだろう。


だから、アントニーが両局を惹きつけている間、チェルシーが隠密行動に慣れたラテラと共にリブラ邸に潜入。見事にナイフを回収してきたというわけだ。


「力を貸してくれてありがとう。二人がいなければ、リラさんは今頃逮捕されてたんだ。リラさんからも、お礼を言っといて、ってさ」

「……ふ、ふへへ」

「面映いものですね」


目を泳がせるチェルシーと、黄水晶の瞳を細めるラテラ。


「不正ばっかの執行官とはいえ、無実の罪で投獄されたんじゃ可哀想だしね」

「また、そういうことを言う」


素直じゃない奴だと溜め息を吐き、ジルトはチェルシーの前に立った。


「な、なに!? また拳骨!?」

「違う」


そもそも、チェルシーなら、拳骨の一つや二つ避けられるだろうに。


手を伸ばす。 


「人のためになることは、なんにも悪いことじゃない。だから、胸を張れ」 


チェルシーの髪は、さらさらと指をすり抜けていく。リルウのふわふわした髪とは違って、これもまた良い感触。 


青緑の瞳が見開かれ、さきほどの比ではないくらいに顔を真っ赤に染めたチェルシーが、ばっと顔を下に向けた。どうやら、勝手に髪を撫でたのを、許してくれるらしい。「あ」とか、「う」とか、一文字の言葉ばかり発しているが、大人しく撫でさせてくれている。


「……昔、優しい時の母さんが、よくこうしてくれたんだ」

「優しい時?」

「俺はいたずらっ子だったから、怒られてばっかりだった。でも、人のためになる時、良いことをした時に、よくこうして、ご褒美で撫でてもらったんだ」


そう、あの夜も。きっと母さんは、リルウのことを知っていた。パーティーに出ることを拒絶したお姫様と、友達になろうとしたことを褒めてくれたのだ。


「お前、よく考えたら、この国で五指に入るくらい偉い奴だもんな。そんな奴をただ働きさせたんだから、ご褒美くらいはあげなきゃなと思ったんだ。まあ、これは、俺がされて嬉しかったことをしてるだけだけど」

「ううん」


チェルシーが、顔を上げる。


「とっても嬉しい。私、良いことをしてよかった」 


あの海の水面を思い出させる、キラキラした笑顔。ジルトの口元も、自然に緩んでしまう。 


あんなに悲しい顔をしていた少女が、こんなに明るく笑えるようになった。


ラテラの方を見れば、ラテラもまた、チェルシーに、優しげな瞳を向けていた。


「パフェちゃんも、撫でてやろうか?」

「あ、えっと……」

「冗談冗談。俺は君の主人じゃないから、嫌なことはすぐに断って良いんだよ」

「そして、嬉しい申し出には、すぐに頷かなきゃだめ。勉強になったねラテラ」


ドヤ顔を取り戻したチェルシーが、ジルトから離れて、ラテラの髪を撫で回す。


そんな仲睦まじい様子を見て、ジルトは「アントニーさんにも礼を言わないとな」と呟く。と、ぐりん、とチェルシーが振り向いて。


「アントニーの頭は撫でないよね!?」

「いや、撫でないから」






音声は無しだが、視えたままのことを伝えると、ファニタは面白いくらいに青ざめていた。


なんだか酷なことをしたような気がするが、彼女自身が頼んできたことなのでしょうがない。


「うう、ご褒美は必要だから、必要だからぁ……!」


声がものすごく震えている。


「私も撫でられたいぃ……」

「しっかりしろ、優等生」


とうとう本音を暴露したファニタに、ハルバは冷静に突っ込む。  


「今から起こることだから、先にジルトの部屋に行けば、予知を変えることもできるぞ。どうする?」

「そんなことするくらいなら、少しでも、この状況を良くする手段を考える!」

「おー、すごいすごい」


ちょっと寄り道してるが、立派な決意だ。ジルトの意思に関しては関与しないと決めているハルバだが、この予知は、ここ数日、考えに考えている天才へのご褒美でもある。


「それで? 判事がここに訪ねてきた時にどうするかの作戦はできたのか?」

「ええ、できたわ」


嘆くような表情はなりを潜め、彼女は青い瞳を細め……自信たっぷりに、笑った。

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