提案
手を差し伸べタイムは終わりだぁ!
結局、裁判所まで来てしまった。
今日は非番だし、裁判所にはアイツがいるしで、実はここに来たくなかったのは、リラの方だったりする。
「おお〜、ここが裁判所かぁ! 初めて来た!」
はしゃぐアントニーは、敷地内に建っている正義の女神の像を見て、「これ、なにかのプレイ?」と失礼極まりないことを言ってきた。
「目隠しとかエロくない?」
「エロくないです。これは、平等を示しているんです。目の前に立つ者を、偏見の目で見ないように」
言っていて、心の中で苦笑してしまう。なにが平等だ。そんなの、理想論に過ぎない。リラが子供の頃に憧れた女神様は、正義を見ようとしていないだけだ。
それはもう、割り切ってしまったけれど。
「……だから、正義の女神様の目が見えてたら、貴方なんて実刑判決ですからね」
「その前に、法廷に立つ気はないんでご心配なく。寧ろ、立たなきゃいけないのは、君の方だろ?」
わかったようなことを言うアントニー。その落ち着きように、リラは怪訝な顔をする。
「いったい、何を言って」
「あの、リブラ執行官」
声をかけてきたのは、裁判所の入り口を警備する警備員だ。彼は少し困惑しているようで、リラとアントニーを交互に見つめる。
「執行官に、面会の申し出があるのですが」
「……面会?」
もちろん、そんなものは知らない。
「何かの間違いでは? 断っておいてください」
「それが、すでに裁判所の中にいるのです」
「は」
リラは、ぽかんとした後、額に手を当てた。
「どうして通してるんですか。そのための貴方達でしょう」
「マレット執行官が、どうしてもと仰り、それに、面会したいと言っているのは、身元もはっきりしている学生なので」
「……学生?」
「はい。セント・アルバートの制服を着ており、学生証も、この目で確認しました」
「そうですか、わかりました。ありがとう」
ランスとはぎくしゃくしてしまったが、“あの証拠”を保有する仲間という認識は変わらない。来たのがセント・アルバートの生徒なら、エベックの伝言を預かっているのかも。
態度を一変させたリラに警備員は驚いている。だが、かまっている暇はない。今は、その生徒と会わなければ。
と、リラの肩にぽんと手が置かれた。
「この子、今すげえ気が立ってるんですよ。すみませんね」
「は、はあ……」
「な、ん、で、貴方が私の保護者みたいなポジションになってるんですか。ていうか、貴方にはもう用はないので帰ってください」
「フォローしてあげたのに」
と、口を尖らすアントニーは、図々しくも裁判所の中に入ろうとする。
「とーぜん、俺も呼ばれてるんで、入らせてもらいますよ。ね、警備員さん、いいでしょ?」
「マレット執行官は、彼もお呼びしろと」
「わかりました。許可しましょう!」
「どうしましょう」という警備員の瞳に晒されて、ほとんどヤケクソの気持ちで、リラは叫んだ。
ドアノブに手をかけながら、リラは背後のアントニーを見た。
「いいですか、変な真似をしたら、すぐに法廷に送り込みますからね」
「へいへい」
出会った頃の軽薄さはどこへやら、適当極まりない返事。
ーーどうしてこんなことに。
と、心の中でため息を吐きながら、リラは扉を開ける。
……中にいたのは、四人。
ランスと、そして、あの現場にいた生徒だ。
ーーどっち?
リラは、瞬時に疑問を覚えた。この生徒達は、どっちの目的でここにいる?
セント・アルバートの生徒ならばと思ったが、この子達となると話は別だ。ソフィア・アルネルト殺害の現場にいた生徒達。リラ達が来る前のことを知っている、真実を知っている生徒達だ。
「よーう、連れてきたぜ」
アントニーが、リラの退路を塞ぐように後ろ手にドアを閉める。灰色の髪の少年がソファから立ち上がり、アントニーに礼を言った。それから、草色の瞳を細めて、リラに笑いかける。
「はじめまして、ではないですね。リブラ執行官、俺は、ジルト・バルフィン。セブンス・レイクの弟子です」
ーー弟子?
とは、何なのかはわからないが、稀代の魔術師様の弟子であるジルトは、やけに落ち着き払っていた。それが、リラの焦燥を掻き立てる。
「君は、どうしてここにいるの?」
「貴方を止めるためです」
確定だ。リラはランスを見た。小さく「裏切り者」と呟く。
飴色の瞳を細めた。
「わざわざここに押しかけて、みんなで私を説得しようっていうの? ふふ、笑えるなぁ? ねえジルト君、君は、この裁判の重要さを理解してる? 四年前の大量殺人犯が裁かれる機会が、ようやく巡ってきたんだよ?」
「そうですね。俺の両親を殺したのはアイツなので、喜ばしい限りです」
大衆の憎悪を持ってきたつもりが、個人の憎悪に収斂されてしまった。自分も当事者なのだと言われてしまった。
「ソフィアさんの事件がきっかけで、アイツのやってきたことが暴かれ始めている。師匠と、貴方達がやったことは、とっても良いことです」
「うん……だよ、ね?」
あれ。
ーー肯定されてる。
「笑えますよね。今まで悪いことをしてきて、裁かれてこなかったツケが一気に来ている。行ないに対して、相応の罰が与えられようとしている。行政局にも警邏局にも裏切られて。今はまだ懲役や罰金だけど、アイツのやったことからして、王立裁判所に行くのも時間の問題です。首切り台に火刑、アイツが裁かれる日が待ち遠しい」
淡々と言う少年は、別に、公爵を庇っている様子はなかった。草色の瞳が澱み、暗い暗い感情が姿を表していた。
「それなら」
「惜しむらくは」
少年は、笑っていた。
「俺がこの手で殺せないこと。アイツに罰を与えるのが、社会であること」
「……」
「勿体無いと思いませんか、リブラ執行官。裁判っていうのは、あくまで表層です。表に出てきた罪でしか、裁けない」
「……何を言いたいのかな?」
「全部、裁きたくないですかって言ってるんです」
少年の師匠と全く同じ顔で、笑っていた。
「俺が止めたいのは、貴方がアイツを追い詰めるのを、社会に委ねていること。提案したいのは、一緒にアイツを殺すこと」
「……悪いけど、君は強そうに見えない。私の方が強いと思うよ」
「そうですね。でも、アイツを殺せるのは、俺だけなんです」
そこから感じたのは、責任感。罪悪感? そして、信頼感。
「どうしてそんなこと、言い切れるの?」
気のせいだろうか。
「一回殺してるから」
少年の声が、誰か別のものに聞こえたのは。




