表層
曰く、裁判とは、人間社会の生み出した欠陥品である。人にはそれぞれ主観があり、それゆえに真実が人の数だけある。それなのに、真実をひとつと決めつけて、有罪だの無罪だのと決めるのは、どうかしている。
「……はあ、そっすか」
以上、ガウナの詭弁を聞いていたシンスは、気の抜けた返事をした。
そんなシンスにかかわらず、ガウナは饒舌を振るう。だが、それはあくまでも、看守に聞こえない程度の声だ。この男、ひそひそ声で演説を垂れ流すという、無駄に器用なことをしているのである。
「人に裁かれるということ自体、精神をすり減らすことだと思わないかい。そんな中で質問に答え、自分の無実を訴えるなんて、超人にしかできない。たとえ自分に落ち度がなくても、法廷に立っただけであらぬ噂を立てられてしまう。これはよくない」
「実際、あんたが法廷に立ったことで、ゴシップ誌は色めきだってますからね」
シンスがいちばん笑えた見出しは、『救国の英雄墜つ!』というものだ。別に救国はしていないのに。
ガウナは、「そう、そこも気に入らない」と荒んだ表情を浮かべる。藍色の瞳が濁っていた。
「こんなことにならなかったら、ゴシップ誌の記者たちは僕の行ないを“救国”とは言わなかっただろう。現在の僕の立場とのギャップを出して、センセーショナルに騒ぎ立てたいがために、僕の過去の行ないを過剰評価しているんだ。まったく、困ったものだよ」
ガウナは、ため息を吐き、指を鳴らすような仕草をした。あくまでも仕草だけだ。鳴らしたら最後、“アレ”が発動してしまう。
「面会に来てくれれば、いくらでもやりようがあるのに」
「ちょっと、やめてくださいよ短気を起こすの。せっかくの俺の努力が台無しになるのは嫌ですからね」
シンスは慌ててそう言った。ガウナは、「わかってるよ」とやる気なさそうに言って、次には瞳をすっと眇めた。言うだけ言って満足したらしい。
「それで、リラの屋敷には潜入できたかい?」
「はい。ばっちり、ナイフを置いてきましたよ。ツテも動かしたし、これであの女も終わりです」
シンスを匿っていた、『魔女の信徒』の信者。それこそが、リラ・リブラである。
そして、シンスは……リラに対する、ある情報を掴んでいた。
「まさか、『魔女の信徒』に入った理由が、あのクソ野郎を好きだったからとはねぇ」
好きな人と同じものを好きになる。より愛情を深める手段だが、宗教まで一緒にするとは。
と、しみじみしていると、ガウナが面白そうに言う。
「それか、悪徳教祖様からアゼラ伯爵を救う目的で入信したのかもしれないよ」
「教祖は実質あんたでしょうが」
「僕はゲスト枠だから」
ゲスト枠ってなんだよ。
不毛な責任のなすりつけ合いをしながら、シンスはガウナに経過を報告。
「ソフィアの事件は、明日に第二審だけど、間に合うかな」
「間に合うと思いますよ。“あんたと違って”、俺はまだ、政府のお偉いさんとコネがありますし」
「……」
「今俺を消したら、あんたの味方はアイツだけになりますよ」
少しゴマを擦ってみる。ガウナは笑みを浮かべた。
「それも良いかもしれないな」
逆効果だった。この男もリラと同じくらい度し難いものである。
「と、とにかく、警邏局に働きかけて、テキトーにリラの家を捜索させますから」
「行政局が邪魔に来ないかな」
「来ると思います。でも、それも好機でしょ。この際だから、行政局もぶっ潰しましょう」
「それもそうか……裁判という欠陥品に関わるものすべて、一度壊した方がいいな」
「裁判への恨み深すぎない?」
などと言いながら、シンスは自分のしたことに酔っていた。
裁判なんて、所詮は表層の出来事に過ぎない。魔術や魔法なんていう、人の把握しきれない地下の出来事に比べれば。
だからこそ、地下の住人には煩わしい。だからこそ、いくらでも細工がし放題だ。小娘なんぞ一捻り。
ーー偽物の証拠には偽物の証拠を! どうだ、これがアングラの戦いってもんだ!
と、シンスが内心高笑いしている頃。
「なあ、姉ちゃん、ヒマ? 俺とお茶しない?」
その小娘であるところのリラは、突如現れた赤茶けた髪の青年を前にして、思いっきり表情を歪めていた。まったく、これからセブンスと打ち合わせに行くというのに。
「あいにく、私はすることがたくさんあるので、ヒマではありません」
横を通り抜けようとするも、馴れ馴れしく肩を掴まれる。
「そんなこと言わないでさあ。俺、財務大臣の息子よ? いいのかなあ、そんな態度をとって」
改心したやらなにやら言われていたが、クズはやっぱりクズらしい。リラは冷たい目でアントニー・マルクスを見た。この場を強引に切り抜けることはできる。だが、それだと角が立つ。
そこで、リラは作戦変更。笑顔でアントニーの腕に取り付く。
「そんなに言われるのなら、私の職場でお茶をしませんか?」
「お、連れてってくれる?」
その言い方に、何か妙なものを感じたが、リラは頷いた。
アントニー・マルクス。裁判をぎりぎり回避するこの男をしょっぴけば、トラスのご機嫌取りにもつながるだろう。
まあ、それは無理にしても、裁判所に連れて行かれるとなれば、このアホ御曹司も、逃げて行くに違いない。
いつもの酒場。クライスを従えていたセブンスは、舌打ちをした。
ーー視えなくなった。
「だろうなって思ってたけど」
「人生とは、上手くいかないものですね」
「人生うまくいってないクライス君が言うと、説得力が増すなぁ」
と皮肉を返してやるが、クライスはうっすら微笑んだまま。それを面白くなさそうな目で見ていたセブンスは、机に頬杖をつく。
「まあいいや」
時間稼ぎになるのなら。
ーーブラン君の準備が整うまで、せいぜい踊ってもらおうか。




