死者からの手紙
『突然のお手紙お許しください』
そんな書き出しから始まる、差出人不明の手紙が母から送られてきたのは、ちょうど、アウグスト公爵の最初の裁判が始まった時である。
と、いうのも、今回挙げられた公爵の罪は二桁にも上り、その全てが裁判にかけられることになったので、最初の裁判という表現がふさわしいのだ。
そしてまた、母から送られてきたといっても、転送と言った方が正解だろう。
『ファニタちゃん、この手紙の送り主、わかるかしら? 最近送られてきたのだけれど』
一緒に入っていた手紙には、おっとりした母らしい字で、近況報告やら何やらが書いてあった。だが、ファニタには、郷愁を感じている余裕はなかった。
急いで机の引き出しを開ける。そこには、母の問いに対する答えが入っていた。
……視界が、あの頃に戻った気がした。
泣いて棺に縋るファニタに、優しく差し出されるハンカチ。そのハンカチを差し出したのは。
「どうして」
どうして、彼からの手紙が、送られてきたのだろう。
差出人の書かれていない、脅迫同然の手紙。捨てるに捨てれなかったそれらをもう一度開き、ファニタは途方に暮れた。
ーーあの人はもう、死んでいるはずなのに。
ファニタは、ジルトやハルバよりも、学園長贔屓だという自覚がある。
父が亡くなり、没落した家の子であるファニタに向けられるのは、だいたいが憐みか嘲笑だった。けれど、エベックは、ファニタに真摯に向き合い、道を示してくれた。その態度は冷淡ながらも、温かみのあるものだった。
だからだろうか。
あのエベックの苦悩を、ファニタはわかる気がするのだ。
わざわざ応接室ではなく、学園長室を、自分の城を悲劇の舞台に選んだわけが。未だに沈黙を守るエベックが、何を背負おうとしたのかが。
ーーたぶん、ソフィアさんを殺すことに協力したのは、第一段階に過ぎないんだわ。
これをきっかけとして、過去の犯罪が次々と指摘され始めている。今まで公爵本人には傷一つつかなかったが、ひとたび傷がついたとなると、その傷口から膿が全身に回っているように思える。
女王陛下を擁立し、国の英雄となったガウナ・アウグストの神話は、崩れ始めているのだ。
フレッドの、たった一太刀によって。
……引き出しに母からの手紙と、彼からの手紙をしまって、ファニタは、ベッドにぼふんと倒れた。
ーーセブンス様は、やっぱりすごい。
人の死に、価値なんて見出してはいけないけれど、そう思う。
一度は、死んだように見せかけて、公爵崩しを挑んだソフィアだが、それは狂言殺人という形で収まってしまった。本当に死んだ、マッジ・ホープの死さえも、嘘に落とし込まれてしまったのだ。
ところが、今回はどうだろう。
ソフィアの死には、二つも価値があった。
現在おこなわれている裁判で、クライスが突然ガウナの不利になる証言をし出したのは、『アッカディヤの魔術儀式』によるものだろう。真実、ソフィアはセブンスの大切な人で、使えなくなったとソフィアが言っていた空間魔術と合わせて、セブンスは無事、魔術を手に入れることができたわけである。
それに、あの現行犯逮捕の要因となった。
過去のことで追い詰めるのが無理であるならば、罪を作り出してしまえばいい。
フレッドか、ソフィアか。用心深いガウナを嵌めるためにその二択を用意した。並の人間なら、ソフィアが殺された時点で確定しようものだが、それすら罠だと用心するガウナの性質を、利用したのである。
あの時、ガウナがフレッドを殺そうとしたのは、セブンスの反応を見るためだ。フレッドを殺そうとして、動かなければ、セブンスにとって価値がある人間。守ろうとすれば、セブンスにとって価値なしの人間。
……用心深さだけではない。ガウナは、その二択をフレッドの前に、まざまざと見せつけようとしたのである。
それすら読んで、二択を見せつける前に執行官の二人を投入したセブンスにも、やはり、舌を巻くしかないのである。
……すでに、二つの事件が、第一審で有罪となっている。
日に日に悪くなっていくガウナの立場。内務省行政局から派遣される検事はガウナのことを糾弾し、新聞で読む限り、警邏局もガウナに不信を抱き始めている。
情勢は、ガウナに向かい風だ。
そしてその向かい風を作り出しているのが、結託した二人。セント・アルバートの学園長と、ジルトの師匠なのである。
ファニタ達は、誰がソフィアを殺したのかを知っている。だから、これが、偽りの裁判であることは知っている。
けれど……けれど。
これがきっかけで、真実が明らかになるのなら。
これがきっかけで、死んでいった人たちが報われるのなら。
「私たちが、することは、なにもない気がする……」
呟き、ファニタは目を閉じ……。
彼の、言葉を思い出す。
『これからする告白は、私が楽になるためのものです』……
許す気はない。それは、彼にも、父にも言えることだ。死ぬのは免罪符ではない。
思い立ち、ファニタはベッドから起き上がった。机の引き出しを再度開けて、彼からの手紙を引っ張り出す。苦悩、苦悩、苦悩。滲み出るそれは、事情を知っているファニタの胸をも苦いもので侵食した。
ファニタには、人を殺す人間の気持ちがわからない。けれど、この手紙からは、“殺した人間の気持ち”が察せられた。
身を焼く火刑を、一切の抵抗もなく受け入れた彼の気持ちは、苦悩は、いかなるものか。
だから、
「だから、あの人が、こんなに苦しい手紙を書く前に」
ファニタは、二人を前にして言う。
「私たちで、真実を明らかにするのよ」
「……いいのか、お前。俺はお前にもう、誰かが死ぬところなんて」
「ジルト」
ハルバがジルトの名前を小さく呼ぶ。ジルトは、少し迷った後、ファニタに手を差し出した。ファニタはそれを、力強く握りしめて、彼女にしては珍しく、悪戯っぽく笑った。
「末長くよろしくって、言ったでしょ?」




