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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
天秤と木槌(第一審)
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最高の味方

悔しいが、気楽そうに揚げた芋をつつくこの男に、クライスは勝てないのである。


不機嫌な顔になったランスが、酔っ払ったリラを連れ出した後。思ったよりも酒を飲まないセブンスと、クライスは取り残されていた。


「俺はお前を可哀想だと思ってるよ、クライス」


慈しみすら感じられる声で、セブンスはそう言った。可哀想。久しぶりに聞いた言葉である。


「恩人を選べない奴は、可哀想だ。助けられたからって恩を返さなきゃいけねえのは、不条理だ」

「私は、ガウナ様に恩を返す目的で従っているのではありません」

「そうかい」


逃げようと思えばいくらでも逃げられる。だが、それをやっても意味がないと、クライスはわかっていた。この爆弾付きの体では、ガウナに迷惑をかけてしまう。


なにせ、セブンスの指ひとつで、この体は、別の何者かに成り代わられてしまうのだから。おかげで、逃げることも、自死することもできない。


かつて、ガウナが魔女の住処でしたような人間スイッチの手法だ。誰かに魔力を注いで回収することで、クライスに死者を憑依させている。任意の時にスイッチを押せばいいだけだから、わざわざ儀式を行なう必要もない。


おまけに、セブンス・レイクは天才だ。

ガウナが行政局長官と、実働部隊に施した魔術は一回きり。つまり、また術をかけ直さないといけないのに、セブンスの場合は違う。ひとたび術をかければ、何回でもスイッチを押して憑依させることができるのだ。


だから、たとえば法廷でクライスが正気を取り戻しても、すぐにスイッチを押されてしまう。実際、さきのソフィア・アルネルト事件の裁判の時に、クライスは一回正気を取り戻したものの、成す術なく別の誰かに憑依をされてしまった。


ただ……『アッカディヤの魔術儀式』を常時施さないことからして、リスクがあるのは事実だと、クライスは踏んでいる。人間スイッチにされる人間は、多大な負荷を負わなければならないし、術者のセブンス自身も疲労するのだろう。


その穴を上手く突ければ良いのだが……セブンスは、クライスが行動を起こそうとする時を的確に察知して、スイッチを押すのである。これも、予知魔術とやらのせいなのだろうか?


「ま、そう暗い顔するなよ。お前に引導を渡されるんなら、あの化け物も悪い気はしないだろうよ」


どの口が。


「ガウナ様は、化け物ではありません」

「いいや、化け物だよ」


セブンスは、クライスのことをじっと見てくる。


「どういうわけか、人間のふりして裁判を受けてくれてるけどな。アイツは薔薇の魔女だ。神の力を得て、人々を不幸に陥れた元凶。たった一人の愛する男のために、罪もない人々を殺した、理性なんて言葉と程遠い、化け物だよ」

「混同しています。ガウナ様は、魔女ではありません」

「魔女は、どこまで行っても魔女だ」

「それならば、ジルト様は、どこまで行っても英雄ということになります」


セブンスは、バツの悪そうな表情を浮かべた。この余裕ぶった魔術師様は、弟子の話をする時だけは、子供のような顔をする。


「お前、堅物なだけかと思ってたけど、嫌味な奴だよなぁ」


それはクライスにとって、褒め言葉である。クライスは、久しぶりに笑みを浮かべた。それを見たセブンスは、ぐしゃぐしゃと自分の髪を掻いた。


「わかったよ、アイツは魔女じゃない」


渋々という感じだった。ぐいっと酒を呷る。


「だけど、化け物であることは確かだ。アイツは、人の命を容易く失わせる術があるし、消えてしまったはずの人の命を、容易く復活させる術がある」

「後者は、貴方も行なっていることです」

「わかってるよ。だから俺は、俺のことも人間だなんて思ってない。棚上げなんて、馬鹿のやることだ」


セブンスは、何の感慨もなく言った。


「同じ化け物だからこそ、俺だけがアイツを殺せるんだ。要は、俺がやられたら嫌なことをすればいい」


セブンスは、傲岸に笑った。


「化け物のくせに、人間社会に溶け込んでるなんて、許せないよな。皮を、剥がさないと」


赤い瞳は、猛禽類のそれだった。相変わらず、フォークで芋を突く。銀色に光るフォークの先は、彼らの爪のように見えた。


空中から降下した彼らが、獲物を離すことは決してない。爪は肉に食い込み、哀れな獲物は逃げることを許されないのだ。


「人間のまま死にたいなら結構。死ぬのなら、存在を許してやる。この芋うまいぞ、お前も食べろよ」


クライスは、複雑な気持ちで芋を口に入れた。口の中で、案外しっとりとした芋が崩れる。二個目をフォークで刺したら、上手く口に運べずに、ぽとりと落ちた。


「お前、わざとだろ」


セブンスが、「食べ物で遊ぶなよな」と言う。もちろん、彼は綺麗な所作で、芋を口に運ぶ。


「たしかに、盤外戦術で法廷はいくらでもひっくり返る。だがそれは、人間の汚さの範疇だ。法廷は、異端を許さない」

「だからこそ、貴方は、『アッカディヤの魔術儀式』を使っているのですね」

「そうだよ。結局ブラン君の()()も、美談にすり替えられただろ? エリオットがしたことも、ダグラスの地位を失墜させただけ。人々の意識を変えることはできなかった。だから」


セブンスが、ニヤリと笑って、クライスにフォークの先を向けた。


「世間様の目には、どう見ても、お前が裏切ったとしか見えないワケ。お前が、アウグスト公爵の暴虐に耐えかねて、真実を喋ったとしか思われない。あの判事は、相当の異端嫌いだろ? 嫌いってより、信じようとしない。お前が憑依されたと言ったところで、お前が異端扱いされるだけだよ」


クライスは、目を眇めた。


そう、トラス・アヴェイル判事は、ガウナの最高の味方であるが、最高の敵ともなり得るのである。ガウナに枷をつけているのは、誰あろう、あの異端嫌いな判事なのだ。


「アイツが死刑になったとして……いつまで、人の皮を被ってられるのか、楽しみだな?」


悪役然として笑うセブンスに、クライスはしかし、笑ってみせた。


「……ガウナ様は、最後まで人間で有られます」

「その根拠は?」

「もう一度、助けてほしいから」


セブンスが怪訝な顔をし、そのあと、大きく舌打ちをした。服のポケットに手を突っ込み、ぶつぶつと何かを呟いた。


「あの、馬鹿弟子」


聞こえたのは、この言葉のみ。


そう。


最高の味方は、最高の敵でもあるのだ。

セブンスが守りたい少年が、彼を最後まで人でいさせてくれるのである。

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