二番目
ランス・マレットには、何がどうなっているのかわからなかった。
「それでは! 第一審の勝訴を祝して、かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
偉大なる魔術師様であるセブンス・レイクと、リラが肩を組んで上機嫌で酒を煽るのも。
「……乾杯」
リラがどうして自分を巻き込むのかも。
「……」
どうして、公爵の烏が、彼を裏切って、こちら側についたのかも、さっぱりわからなかった。
ただひとつわかるのは、公爵の烏……クライス・エドガーが、セブンスを射殺さんばかりに睨んでいることだけ。その殺気は相当なもので、正直、ランスは今すぐ気絶したい。だが、それを浴びせられている当のセブンスがどこ吹く風なので、正気を保っている。
ちびりと酒を飲んで、誰にもわからないようにため息を吐く。美味い。
酒の美味さがわかる大人になんてなりたくなかった。苦味も味だと受け入れる大人になんて。
ーー先生。
薄青の瞳をした、恩師に語りかける。
ーー俺、本当に、この道で合っているんでしょうか。
あの学園祭の日、感じたのは高揚感だった。リラと一緒にはしゃいで、愛する学園を、王都を灰にした張本人を裁けることが嬉しかった。
なにせ、学園を卒業して飛び込んだ法の世界は、正義か悪かというシンプルな構造ではなかったからだ。
献金、暗殺、忖度……盤外戦術によって、法廷はいくらでもひっくり返る。執行官として、トラスの下について、所詮は裁判なんて、上の者が大義名分を得るだけの儀式に過ぎないのだと、わかってしまった。
その最たる人物が、アウグスト公爵で、そんな彼が、今回法廷で裁かれて……学園を火の海にし、トラスと手を組んで甘い汁を啜ってきた男が落ちぶれたのだが。
ーーなんで俺は、こんなにモヤモヤしてるんだ。
赤髪の魔術師様を見る、こちらを見られていたことに、ランスは気付いた。
彼は、赤い瞳を細めた。
「潔癖症は、寿命を縮めるモトだぜ、ランス君。もちろんお前もな」
恐れ多くも、鋭い瞳で睨んでいるクライスの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。あの、クライスの頭を。
「世の中には、たくさんの選択肢があるんだ。一つのことに固執するのは結構。だが、それは、数ある選択肢の一つだってことを忘れるなよ」
「せぶんしゅさまーっ、それ、どういういみれすか?」
「お前、酒に弱過ぎだろ……なんで一杯でこんな酔ってんだよ」
「わたひ、おじょうさまそだちなんれ」
「はいはい」
セブンスの手が、寄りかかろうとするリラのほっぺを容赦なくぐいぐいと押すのを見て、ランスは思わず、席を立っていた。
ぐでんぐでんになったリラの腕を取り、早口で別れの言葉を告げる。
「……別に、ソイツを危険な目に遭わせようとはしてねえから、安心しな」
「信用できません」
硬い声が出た。その声が、若干震えていることに、ランスは心の中で苦笑した。唇が、舌が勝手に動いて、不信感を吐き出した。
「リラの気持ちを利用してるんでしょう。そのやり方、反吐が出ますね」
「それに付き合ってやってるお前の下心の方に、俺は呆れてるけどな」
「……なんのことでしょうか」
心臓が音を立てていた。どうして、なんで。
「俺には、ぜーんぶわかるんだ。なにせ天才だから」
人を食ったような笑み。
「なあランス君。二番目の気分はどうだ?」
それは、煽りだったんだろうが、なぜかランスには……切実な、問いに聞こえた。
二番目の気分? 最悪だ。
「なんで」
せっかく、法の世界がどうのと酔っていたのに、ランスの汚いところを指摘してくるんだろう。いやそれよりどうして、それがわかった?
「なあ、リラ、もうやめないか?」
ランスは、ぽつりと呟いていた。リラが、むくりと顔を上げる。ぼーっとしていた顔が、次第に正気を取り戻してきて、酔いとは違う種類の赤ら顔になり、ランスからさっと離れた。
「け、けだもの!」
「一人で地面に立てるようになってから言え、下戸女」
ぐんにゃりと地面に座り込んだリラを、ランスはジト目で見た。リラが渋々といった様子で、差し出した手を取った。そのまま、二人で並んで歩き始める。
「どう思う?」
「なにが?」
「あの、セブンスって男だよ。信じられるか?」
「信じるしかないよ」
その返答に、ランスは安心してしまった。完全には心を許してないとわかったからだ。そうだ、それしかないからーー
「あの人しか、いないんだから」
その言葉は、ランスの胸を深々と抉った。リラは、ランスではなく、空に瞬く星を見ていた。
「ねえ、ランス。もう、やめにしない?」
彼女は、あの裁判からずっと、星を見ることをやめない。そんなの迷信なのに。
やめにしない? と言われたのが、どういうことなのか、ランスにはわかっていた。だから、答えなかった。
「これ以上関わると、命を落とすかもしれないよ。私はともかく、貴方は有望なんだから、今からでも別の裁判所に」
「行かないからな」
ランスは、拳を握っていた。
「絶対に、俺はお前のそばから離れない。そう決めたんだ」
「ランスは優しいね。でも、離れる時は、ちゃんと離れてよね。私と違って、ランスは一人で地面に立てるんだから。あの件だって、私一人でやっても別にーー」
「お前を一人にしたら、アイツを追って死ぬだろう!?」
びくり、とリラが震えた。彼女の心の柔らかい部分を、確かに傷つけた。ランスは、リラの肩を掴んだ。
「いつまで死人に執着してるんだ、お前は」
「……ごめん」
とぼとぼと歩くリラ。違う、言いたいのは、そんなことじゃないのに。
やっぱり二番目なんて、ロクなもんじゃない。




