表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
伯爵と復讐
29/446

許していないから

ファニタがにっこりと言った言葉が、伯爵にはいちばん堪えたようだ。


「な……ファニタ、お前、馬鹿なのか!? いや、馬鹿ではあるまい。だが……!」

「父の研究に、価値があると思いたかったんですよね? 正直、嬉しかったです。ジルト、論文を頂戴」

「……」

「ね?」

「あーもう、わかったよ」


どんな魂胆があるかわからないが、論文はファニタのものだ。ジルトは従わざるを得ない。ジルトは論文をファニタに渡した。


「これが、父の遺した『アッカディヤの魔術儀式』の完成稿です」


ファニタが伯爵に論文を差し出す。伯爵はとびついてその論文を受け取ろうとし。


その手が止まる。


「〜〜っ!! 馬鹿にするな!!」


だんっ! と机を両拳で叩く。


「そんな風に施されるものを甘受しろと!?」

「はい。貴方がいくら頑張っても辿り着けない答えが、ここには書いてあります。有効に使ってくださいね?」

「『薔薇の魔女』を蘇らせる秘術、なんだぞ? ハルバを犠牲にするだけでは済まないだろう」

「勘がいいんですね。そうです。でも、燃やされるよりマシかなと思いました。父の遺稿ですし」


ジルトとクライスを見て言うファニタ。確かに、燃やす燃やす言い過ぎたとジルトは反省した。だが、それが原因ではなさそうだ。ファニタの声は、不自然に落ち着いていた。


「この論文を完成させた時、私は、結論の悍ましさがわかりました。きっと父も、その悍ましさに辿り着いていたんだと思います。

だけど、論文は燃やされずに、こうして私の手元に残った。なぜかわかりますか?」

「天才の考えることなんぞ、わからないさ」


諦めの表情になった伯爵が、首を横に振る。「簡単なことです」。ファニタは言う。


「貴方と同じです。本当は、論文を完成させたかったんです」


伯爵の目が、見開かれる。


「でも、本当に論文を完成させたら自分が罪に問われる。何より罪悪感と後味の悪さが自分を襲うだろう。そんなものを味わいたくない。

だから、娘の私にヒントを吹き込んで、いつの日か論文が完成するのを夢見ていたんです」

「待て、それなら、なぜ私に研究を辞めると言ってきたんだ? 黙っていればわからないだろうに……そうすれば、私が、ガイアスを手にかけることは」

「その点は、父が“いつの日か”を待てなくなったと言いますか……」


何故か申し訳なさそうに、ファニタは言う。


「今まではそう見えませんでしたが、貴方は相当父に劣等感を持っているみたいですね。たぶん、父は貴方の劣等感を利用したんです」

「……は?」


気の抜けたような声を出す伯爵。


「父は、貴方を焚きつけたんです。自分で死ぬのは嫌だったから、貴方に自分を殺させた。自分の死を早めることにした。遺った私が遺志を継いで、論文を完成させて、それが日の目を見るのを夢見ながら。

私が遺体を見たときは、顔もなにもわからなかったけど、貴方ならわかりますよね。父は、どんな表情をしていましたか?」


ファニタが静かに問いかける。伯爵に、先ほどまでの苛烈さはない。目を閉じて、開く。


「笑って、いた……笑っていたんだ。だから、私はそれが不気味で」

「馬車に轢かせた。もちろん、貴方が犯人だということを隠す意図もあったでしょうが」


伯爵はガタガタと震え始める。その時のことを、思い出したかのように。そんな伯爵に視線を合わせ、ファニタは続けた。


「その笑顔は、これでやっと論文が完成するという笑みです」

「なら、私は、はじめから、ガイアスの手のひらの上で……?」

「そうです。貴方は劣等感を利用され、父を殺すように仕向けられた。この論文は、そのお詫びでもあります」


ファニタの言葉に、伯爵は沈黙した。


「……親友だと思っていたのは、私だけか」


ぽつりと呟かれた言葉。鳶色の瞳が潤んでいた。


ファニタは何も言わなかった。


「人質を解放するよう、使者に早馬を走らせる。すまなかった」


頭を下げて、伯爵は言う。次いで、論文に視線を落とす。


「これはもう、要らないな」

「いいんですか? 『魔女の信徒』にとって、大事なんじゃ……」

「“私”にとっては不要なんだよ」


いたずらっぽく笑った伯爵は、幾分か若返って見えた。


「私が、アイツに勝つ方法がわかったからね。ありがとうファニタ。そしてすまなかった。だが、一つだけ言わせてくれ。

あの時、ハンカチを差し出した時の私の感情は、嘘じゃなかったんだ」

「……はい」


ファニタの声は震えていた。






クライスと別れた(表面上)ジルト達は、もうすっかり暗くなった道を歩いていた。


「ジルト、私、嘘をついたわ」


唐突に、ファニタが呟いた。


「父が、伯爵を選んだ理由は、劣等感だけじゃないの」


何かを思い浮かべるようにして、ファニタは言う。


「父は、いつの日か、彼がその論文を読むことを夢見て殺されたのよ」


そう。ガイアス・アドレナ男爵は、アゼラ伯爵にだけ、『アッカディヤの魔術儀式』について話していた。アゼラはこれ幸いと、他の同僚には秘匿したようだが。


「なぜだと思う?」

「男爵も、伯爵を親友だと思っていたから」

「正解」


ファニタは寂しそうに微笑んだ。


『親友だと思っていたのは、私だけか』


その笑みは、彼の笑みとも似ていて。つい、声に出していた。


「なんだか、可哀想な話だな。知らぬは本人ばかりなり、か」

「可哀想でいいのよ。だって、私は許していないから」


ファニタがくるりと回る。高いところで括った金髪が、ふわりと流れる。


「人を一人殺しておいて、晴れやかな気持ちになられたら困るもの。親友に裏切られたと思って、解けない謎を延々と追い続けるがいいわ! ざまあみろ、よ!」


その表情は、実に晴れやかだった。小さな復讐は、伯爵へ向けられたものだけではないのだと、ジルトは思った。


だから、ジルトは「そうだな」と頷くだけにしておいた。


ひとつの復讐を見せられて、ジルトは思う。


いつしか言った、ファニタへの言葉。それは撤回しよう。彼女は立派に戦える人間だった。


ーーむしろ、ヘタレなのは。


目を閉じれば浮かび上がってくる、あの夜の色。


脳裏に、赤と銀が閃いた。

伯爵戦終わり。今回は、ファニタの復讐を見るジルトという構図ですが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ