モノとヒト
ガウナにとって幸いだったのは、ここが王立裁判所ではなく、ソマリエ裁判所だったことである。
王立裁判所ならば、リルウの息がかかった貴族たちがメインの参審制が行なわれてしまっただろう。だが、ソマリエ裁判所は違う。有罪無罪は判事が決め、貴族たちが関われるのは量刑に関してのみの陪審制。
つまり、上に行けば行くほどに、裁判官の権限が弱くなり、貴族の権限が強くなるのである。悪しき王国の風習とも取れるが、これは、リラが鼻にかけている歴史と権力を持った“法”を封じるための苦肉の策でもあるのだ。
露骨に力を弱めたのでは反感を買うので、人を裁く責任を分け合おうという善意の体で、王立裁判所の参審制は存在している。まあ、王立裁判所の案件は、生か死か、その二択しかないので、一人に委ねるのは酷というもの。慎重さが必要なのは事実である。
と、いうことを前提としても、ソマリエ裁判所は、非常に特殊な位置にある。
なぜなら、国の首都にある裁判所でありながら、地方裁判所という特徴を持つからだ(ちなみに、ソマリエの領主はアウグスト公爵である。つまり、ガウナは自分の領地で裁かれるのである!)。
それなので、ソマリエ裁判所は、地方裁判所のトップという特徴も併せ持つのである。上に行けば行くほどに裁判官の権限は弱まるから、全裁判官の中で一番の権限を持つ者は、ソマリエ裁判所の判事であるというのが、法学者たちの言。
そんなソマリエ裁判所のトップに位置するのが、今ガウナのことを見下ろしている、トラス・アヴェイル判事だ。
人々は、彼のことを公明正大と評価するが、実際は袖の下大好きな異端嫌い。彼のクリアなイメージは、徹底的なまでのリスク管理のもとに築かれているのだと、お仲間であるガウナは理解している。
トラス判事は、敵に回せば厄介だが、味方に引き入れておけばこれほど頼もしい者はない存在である。
……だから、ガウナには、理解できなかった。
リラとランスは……というか、セブンスが、ソマリエ裁判所でガウナを裁くことにした理由が。
トラス判事の部下であるリラ達は、ガウナとトラス判事がお仲間であることは理解しているだろう。だから、ガウナに不利な判決はしないと知っているはず。
それなのに、一発で死刑にできる王立裁判所ではなく、ガウナの味方のいるソマリエ裁判所に放り込んだわけは?
内務省行政局から派遣された検察官(言うまでもなく、ガウナは行政局長官とも繋がっているので、この検察官も味方である)が罪状を読み上げる。リラがガウナを逮捕するときに言った偽証罪は後回しのようで、今回の裁判では、ソフィア・アルネルト殺害容疑に焦点を当てていくようだ。
もちろん、ガウナは冤罪。これまで殺人はしてきたが、ことこれに至っては潔白なので、トラス判事の確認に否を唱える。
これまた、トラス判事が人伝に紹介してくれた弁護士が、今回押収されたナイフの出どころがわからない件、それに、あのような時間になぜ執行官が学園に赴いたのかについて、逆にトラス判事に問い詰める。もちろん、これも脚本のうち。少しはやり合っておかないと不自然だからだ。
そういう意味では、あの執行官二人の暴走は、裁判をより自然に見せるために役立つ。
セント・アルバートの卒業生で、あの学園長がわざわざ呼び寄せたという点では気になるが……ガウナと繋がっているとわかっている、トラス判事を不利に陥れるための特攻と考えれば、納得できなくもない。
この八百長裁判の真の目的が、ガウナと、繋がりがあるトラス判事両方をハメる為ならば、彼らの行動は理解できるのだ。舞台をソマリエ裁判所にしたのは、トラス判事を関わらせるため、と考えることもできるのである。
あのセブンスのことだ。ガウナの足元を徹底的に崩しに来るだろう。
だが、今のところ、裁判は脚本通りに進んでいる。集まった陪審員の貴族達の表情も、つまらないものを見るような目になっている。そう、最初から無罪とわかっている裁判で、量刑を決める彼らは出番がないのである。
それに、今回の裁判は、あまりにも不確定要素で溢れている。
まずは、モノだ。
ガウナが逮捕されたときに握っていたナイフは、元を辿ればあの偽門番が持っていたものである。もちろん、セブンスはあのナイフの出どころは掴ませないようにしているだろうから、あのナイフをガウナが購入、もしくは手に入れたものであるとは誰も証明できない。
ーー証明できるとするなら、あの子だろうけど。
珊瑚色の髪の少女を思い浮かべる。
次に、ヒトだ。
殺されたのは、『王都通信社』襲撃で死んだとされ、後に狂言殺人と断定されたソフィア・アルネルト。
彼女の存在も曖昧としか言いようのないもので、この前馬車の中で殺された、警邏局官僚エリオット・ノーワン事件の犯人とされている。だが、実際にその姿を見た者は、護送していたエリオットの同僚のみで、彼の証言はあまり信じられていなかった。エリオットの直前の行動から、自殺説も出ていたほどである。
そんな、生きているのか死んでいるのかわからないソフィアが殺されたという複雑さが、今回の殺人には含まれているのである。
ヒト、モノ共に、証拠は不十分。だからこそ、リラとランスは現行犯で、ガウナがフレッドを殺そうとしている状態で突入して来たのだろう。
だが、リラとランスは、厳密に言えば、ガウナがソフィアを殺しているところは見ていないのである。そこは、セブンスの魔術獲得方法との折り合いをつけているのだろう。
もちろん二人は嘘をつくこともできる。だが、今のところはその様子はない。
腐っても法の精神があるというところだろうか。
裁判は、終盤へと差し掛かっていた。
こんな無理な裁判、初めから成り立たないのである。成り立たせるとしたら、徹底的な証拠をモノ、ヒト共に揃えるしかない。
ーー案外、早くジルト君に会いに行けそうだな。
とりあえず、この裁判が終わったら真っ先に慰めてやろう。師匠に裏切られたショックは計り知れないだろうし、もしかしたら、心を開いてくれるかも。
セブンスがソフィアを殺したのは、ガウナを殺すためなのだが、それは意識の隅に放り投げて、どこまでも自分の都合の良い妄想をするガウナである。
そして、妄想のみならず、この裁判のことも、ガウナは都合よく考えすぎていた。
「……判事、ここに証人を呼ぶことを許可していただけますでしょうか」
妙に緊張した様子の検察官がトラス判事に問い、トラス判事はそれを許可する。脚本に無い流れだ。
ーー強引にねじ込んできたか。
まあ、それも想定内。ガウナに殺されそうになったフレッドが一番良いだろうが、あれはもう使い物にならないだろうから、証言をするとしたら、クレア学園長あたりが妥当だろうか。
あの一般人ヅラした切れ物学園長は厄介だが、依然、ガウナの有利は変わらない。
こつ、こつ、靴音が法廷に響いた。姿を現したのは、フレッドでも、エベックでもない。
「ーー貴方の、名前は?」
トラス判事が動揺を隠しきれないながらも問えば、証言台に立った彼は、いつも通り、一切の抑揚もなく名乗った。
「クライス・エドガーです。そちらにおられる、ガウナ・アウグスト公爵の、元従者です」




