不幸者と妥協の涯
こっちでも決別ですね
セブンスは徹底的に、ジルトに魔法や魔術を教えてくれなかった。
ケチとでも言おうものなら、鉄拳制裁されたのと、別に魔法や魔術なんてなくても生きていけるとわかったので、次第に教えてくれなんて、言わなくなったけれど。
だが、今はどうだろう。
ジルトの師匠は、拾ってくれた恩人は、ジルトのことを見据えて、今まで隠していたことを、明らかにしてくれようとしている。
……復讐相手のことを知ってから、ジルトには、“知りたい”と思うことが増えた。当然、このことも“知りたい”かといえば、そうではなかった。セブンスが、ずっと秘密にしていたことをジルトに話す意味が、よく理解できたから。
「……魔法は神の作った完璧なもの。だけど、それを発展、劣化させた魔術は、所詮は人の作った欠陥品なんだ」
ソフィアの血飛沫が飛び散った、学園長室。臆することなく闊歩し、学園長の椅子に座った。
「お前らも座れよ。ソファには血が飛んでないだろ?」
それは、指図だ。セブンスは、いつでも指を鳴らせるようにして、部屋の中にいる人物達を見回した。
せめてもの抵抗に、ジルトはのろのろと歩いて、ソフィアの遺体のそばに来た。目は閉じている。口元は、なぜか微笑んでいる。どうして彼女は、フレッドに首筋を指定したんだろう。
遺体を起こして、脇に手を入れる。ハルバが足元を持ってくれ、だらんと力の抜けた腕を、エベックがそっと持ち上げる。
その一連の作業を見ていたフレッドは、顔を背けていた。
それから、ジルトたちは、学園長室のソファに座った。それを確認して、セブンスは、続きを話し始める。
「どうやら、習得方法にも、その違いは出ているようでな。魔法は妥協を許さず、魔術は妥協を許すってことだ。つまりは、妥協をしなければ、人はもう一度、魔法を使えるようになる」
ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
「ただし、妥協をしなければという点が重要だ。なあ、お嬢ちゃん。“妥協”って、どういう意味だと思う?」
「……わかりません」
首を横に振ったファニタに、しかしセブンスは、「それでいい」と穏やかな笑みを浮かべた。
「“妥協”っていうのは、死なす奴の妥協だ。俺の場合は、ソフィアだった。俺は“妥協”して、ソフィアを選んだんだ」
ジルトは、ズボンを握りしめた。淡々と語るセブンスの口元は、笑んでいた。
「つまり、“本当に大切な奴”を殺さなきゃ、魔法は手に入らない。だから、俺は穴だらけの魔術を選んだ」
「待ってください」
そこに、否を唱えたのはファニタだ。
「それなら、帝国のラミュエル姫はどうなんですか。彼女は、親王国派の臣下を処刑することで、魔法を使えるようになったとソフィアさんが言ってました」
「アイツ、そこも喋ったのか……そうだな、そこは、神がいなくなった世の中ならともかく、神がいる世の中だったら、積み上げた魔力を補填することでぎり許してもらえるとか、そんな感じでいいんじゃないか?」
「随分、投げやりな答えですね」
「まだ神が生きてた時の話だからな。終わった話だ」
ぱん、とセブンスは、両手を打った。
「俺が言いたいのは、人間はヘタレだってこと。ヘタレだから、本当に大切な人間を自分で殺すことはできないんだ。偶発的に殺されることはあるにせよ、な。それが、魔術が蔓延って、魔法が蔓延らなかった理由……それが、俺がソフィアを殺した理由だ。なあジルト? 俺が魔法を得るとして、俺は、誰を殺せばいいと思う?」
「……トウェル王とか?」
今となっては複雑だが、セブンスが、学生時代も、卒業してからもトウェルに仕えていたことは知っている。二人が、親友であったことも。
だから、“本当に大切な人”が殺されていたとするなら、もうセブンスに大切な人はいないので、魔術を得るしかない……
「そうだな。それも合ってる。実際、トウェル以上に大切な奴なんて、ひん曲がった俺には現れないと思ってたし。そんな奴が現れても、所詮はトウェルを亡くしたことによる依存……そう思ってたんだ」
ふと、セブンスの瞳に、優しい光が混じった。
「だけど、違った。トウェルとは別に、俺と同じで、お袋を亡くして、だけど、俺よりもずっと強いやつに出会ったんだ。俺が魔法を使うなら、そいつを殺さなければならない。だから俺は…………お前の代わりに、ソフィアを殺したんだ」
「……っ!」
優しい光は、慈愛だった。
「俺は、お前を殺したくなかった。俺は天才だから、魔術の穴はわかっていた。そうだな、たとえば、恋人がいい。俺とソフィアは、男と女だから、だいぶそうなりやすいだろ? ソフィアの方も、少なからず俺を好いてくれていただろうし。なにせ俺、イケメンだから」
傲岸不遜、自信過剰。だが、たしかにセブンスの容姿は、弟子のジルトから見ても整っている。
「愛情っていうのは、最も自分を勘違いさせやすい感情だ。俺は、ソフィアの好ましい箇所を探し始めた。お前みたいに食べ物を美味そうに食べるところ? トウェルみたいに、人の死に冷静に対処するところ? だめだ、違う。そうだ、俺と一緒のところを探せばいいんだ」
大袈裟に手を打つ。爛々と、赤色の瞳は輝いていた。狂気の色に染まっていた。
「ソフィアは大火を契機に、能力主義の母親の元を去った。嫌気が差したんだろうな。何かを崇拝する母親に。そこは俺と同じだ。ソフィアは、俺と同じで、母親を捨てた不孝者なんだ! そこからは、簡単だった。おんなじ不孝者を、俺は愛することにした。恋人に尽くすように、アイツのやりたいことを叶えてきた」
「だから、命を奪っていいって?」
「怒るなよ。ソフィアも言ってたろ、“選ばれた”って。なあフレッド」
「……そう、ですね」
フレッドが、かろうじて絞り出したような声で同意した。それに満足そうに頷くセブンス。
「ソフィアも幸せなまま死んだ。ああ、本当に良かったよアイツがいてくれて。ただの後輩じゃあ、殺されても意味がなかったから!」
ジルトは、座っていたソファから立ち上がった。学園長の椅子に座るセブンスの前に立つ。
昔から、何を考えてるかわからない人だった。だけど、ジルトを拾ってくれて、育ててくれた人だ。
「ジルト」
「大丈夫、俺は、殺されないから」
口の端が釣り上がる。胸の奥がモヤモヤして、頭がカッと熱くなった。
鈍い音がしたかと思えば、セブンスが、頬を押さえて床に転がっていた。
ジルトは、自分の右拳を見た。まだ熱を持っているそこは、確かにセブンスの頬を殴ったのだ。
セブンスが、笑っている。何かを言おうとして、口を閉じ、また開く。
「俺のこと、嫌いになったか?」
ジルトは腹の底から叫んだ。
「ああ、師匠なんて、大っ嫌いだ!!」




