執行官
ちなみにエリオット君ではありません。
入ってきたのは、軍服にも似た真っ白な制服を纏った男女。
ガウナのことを取り押さえて勝ち誇った顔をするのは、リラ・リブラで、ソフィアの近くに寄って、生死を確認した後に十字を切るのが、ランス・マレットという。
二人は、ガウナが懇意にしている異端嫌いの名判事、トラス・アヴェイルの部下である。
ーーやられた。
この二人とは、何度か裁判所にて顔を合わせている。法律貴族と、執行官の立場で。その時は、トラスに付き従う犬のような印象を受けたのだが。
思えば、執行官なんていうのは、名誉職みたいなもので、それなりの貴族が大枚叩けば手に入る職である。当然、リラとランスの二人も、王国でも由緒正しき家柄であり、その条件に当てはまっている。
そして、由緒正しき家柄ということは、この学園の卒業生という可能性もあるわけだ(可能性もある、というのは、四年前にガウナが起こした火事で、卒業生は“円卓”以外有耶無耶になっているからだ。その点で言えば、彼らもまた凡人。セブンスほどに噂を轟かせているわけでもなく、並み居る生徒の一部だったのだろう)。
だから、ガウナはそれを意外に思うと共に、すぐにこの事態を引き起こした張本人を把握した。
リラに手錠をかけられるガウナを、薄青の瞳でなんの感慨もなく見つめる学園長である。
四年前以前も、教師を務めていた彼だったら、卒業生の進路は把握しているだろうし、繋がりがあっても不思議ではないからだ。
情けない話だが、ガウナは、ここでようやく、セブンスとエベックが繋がっていたことを理解した。
エベックは、ファニタの推理を披露させないための一般人枠なんかじゃない。
あの門番の男がわざわざガラスを割ったのは、“決定権”を得るためではなく、エベックの第三者性を高めるため。エベックは巻き込まれただけという印象を、こちらに植え付けるためだ。
極論、窓ガラスを割らなくとも、エベックは応接室に現れ、“決定権”は行使できた。それをしなかったのは、ひとえに。
ガウナは、金髪の少女をちらりと見た。
彼女にとって、人の死を見るのは、父以来だろうか。セブンスに回りくどい策を披露させた彼女は、ソフィアをじっと見ていた。
いやはや、自分の学園の生徒にこんな酷い光景を見せるとは。学園祭で丸くなったかと思いきや、実直さに、腹黒さを身につけただけだったらしい。
そんな学園長に騙されたフレッドは、呆然と床に座り込んでいた。
「大好きな先輩に、良いように使われた気分はどうだい?」
「……」
死に損ないは、感情の抜け落ちた瞳をしていた。
「はいはい、嫌味はそれくらいにして。公爵はご自身のなさったことをふかーく反省していただきたいですね!」
「冤罪……だと言ったら?」
「その時は謝りますよ。でも、ここに目撃者がいるわけですし。ねえ、エベック・クレア学園長? この男、ソフィア・アルネルトだけではなく、フレッド・シュルツまで手にかけようとしたんですよね?」
「ええ、そうです」
即答するエベックは、にっこり微笑んでいた。よくもまあ、子供達の前で平然と嘘をつけるものである。
セブンスにこてんばんにやられたハルバが、何かを言おうとするが、自信の喪失故か口を噤む。かわいそうに、この場にいる子供達は、知っている人物が知っている人物を殺すというショッキングな光景を前にして、声をどこかに忘れてきたらしい。
それは、ガウナの“良心”も同じ。
思い切り壁に叩きつけられたジルトは、虚な瞳で、ソフィアに手を伸ばそうとしていた。ガウナは、それを見て、微笑んだ。
ーーそう、君だけが、僕を人間でいさせてくれるんだ。
ガウナを引っ立てながらはしゃぐリラを、“魔女の生贄”で、一瞬にして殺すことはできる。学園祭の前のガウナなら、その手段も厭わなかった。
けれど。
ーー僕は、君に“良心”を教えてもらったからね。
人間でいることの“矜持”と言っても良いかもしれない。その矜持を持っているからには、人間社会という枠に、収まってやるつもりだ。
そうすれば、また彼は、ジルトは、ガウナに手を差し伸べてくれるだろうから。
「何笑ってるんです?」
「いや……裁判が終わったらどうしようかと、考えていただけだよ」
「貴方が殺した彼と、同じ場所に行くだけですよ」
「彼?」
「って言われても、思い出せないでしょう? 貴方の前では等しく、誰もが名無しですからね」
リラの表情は翳っていたが、すぐに明るくなった。
「ささ、公爵っ、続きは、拘置所でたっぷりと。いやあ、まさか現行犯で逮捕できるなんて!」
「君たちに、逮捕権限は無いだろう? これは警邏の仕事のはずだ」
「……舐めんなよ、成り上がり風情が。あっ間違えた、犯罪者風情が。この国の治安を司る機関として、警邏局とか行政局とかいうぽっと出よりも、よっぽどこっちの方が歴史古いし権力持ってんですよ。ましてや貴方は現行犯。治安を司る者として、放っておいたら、それこそ顰蹙を買いかねません。ていうか」
飴色の瞳を動かして、リラは、ガウナを見た。
「それをわかってて、アヴェイルのクソ野郎に取り入ったんでしょ。擬態がお上手ですね、公爵サマ?」
「……ただの犬じゃなかったんだね、君たちは」
「お褒めにあずかり光栄です」
ガウナに腰縄をつけて、ぐいぐい引っ張ってくる。抵抗に思われない程度に足を踏ん張って、ガウナはもう一度、自分の“良心”を見た。
「必ず戻ってくるよ、じゃあね」
その一言を残して、銀髪の公爵は、執行官に引っ立てられていった。
後に残ったのは、ソフィアを殺したフレッドと、なにを考えているかわからない学園長。茫然自失としているファニタとハルバ。そして。
「師匠、なんで」
掠れた声が出た。
「そこまで」
胸がつっかえたようになる。ジルトは、よろよろと立ち上がった。
「人を、殺してまで、殺す必要があるのか……?」
ーーあんたが、辛い思いをしてまで、アイツを殺す必要はあるのか?
「あるよ」
セブンスは、一歩一歩、ソフィアに近づいた。執行官達が、残していったソフィアの遺体に。手をかざす。ソフィアの遺体が光り輝く。まるで、祝福されているみたいに。
神々しくて、悍ましい光景だった。
「そうだ。人の力を超えたものは、人を幸せにしない」
ジルトの心を読んでいるのだろう。セブンスが訥々と語る。
「“物語”の舞台に上がった奴は、決して幸せにならない」
そうして顔を上げて。
「なあ、どうして、神がいなくなった世界で、魔術だけが蔓延ったかわかるか?」
ひたと、ジルトの瞳を捉えた。




