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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
ふこうものと妥協の涯
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たった一言

時計の針が秒針を刻む。


“本命”の時間まで、あと十分を切っていた。


「どう? ハルバ、ソフィアさん?」


ファニタが訊くと、ハルバが遠い目をしながら、「異常なしだ」と言った。ジルトは人の心の中が読めないが、ハルバが今考えていることはわかる。「なんで俺、人のトイレ覗いてんだろう」だ。


一方、室内を視ていたソフィアも、「特に変わってないわ」と言った。その顔には、少し疲労が浮かんでいる。密室の中にいるからか、連続して予知を使うからか。


「公爵の方も、学園長と話してるみたい。どうする? 呼び戻す?」

「いえ、入口は限定させたいので、ギリギリまであそこにいてもらいましょう」


ということは、当初の予定通り、窓を警戒していればいいわけだ。体格の似たフレッドが入れると言った窓だから、当然あの門番も、ガラスを割って入ってくるだろう。


ジルトはそっと、懐にしまってあるナイフに手を触れた。これを使うと、なんだか水の中にいるような気分になる。だが、あの門番を撃退するのには役立った。


ーーだから、よろしくな、英雄さん。


先程のように、魔女の生まれ変わりへのあからさまな好意を出さなければ、ジルトの中にいる英雄は“使える”。この場にいる人たちを守る為の力になるのだ。






と、決意したジルトを見て、ハルバは、ファニタと顔を見合わせた。


ーーできれば、アイツに、あれを使わせたくないよなぁ。


フレッドのトイレ風景を視ながら、そう思う。今現在、フレッドは、鼻歌を歌いながら(音声は聞こえないが、たぶん歌っている)手を洗っている最中だ。もうすぐ終わって、帰ってくるだろう。


「……?」


視えてきた光景に、ハルバは首を傾げた。フレッドが、掃除用具入れに、手を伸ばしたのである。かと思えば、迷う仕草を見せた後、一気に、引き開ける。


ぶつん!


「はあっ!?」


フレッドが掃除用具入れに手を伸ばした途端、何も視えなくなった。死んではいない。これは、誰かに“決定権”を奪われた時の暗闇だ。 


「どうしたの?」

「視えなくなった、フレッドさんが……」


ハルバがそう言った途端だった。


「“本命”の時間が早まった!」


ソフィアが叫ぶ。「今から、二分後!」


「フレッドさんがトイレに行って、こっちの戦力が減ったから早めたのかも。どちらにせよ、“本命”が早まっただけで、無くなってないってことは……狙われているのは」 

「ソフィアさんってことになるな」


ジルトが、目を眇めて言った。


「フレッドさんが視えなくなったのも気になる。先にあっちを襲って動けなくした後に、ソフィアさんを襲おうとしているのか」

「とりあえず、フレッドさんは死んではない。視えないだけだ」


死んだら、真っ暗闇になるからすぐにわかる。


「だけど、用具入れを開けただけだぞ。そこからわかんなくなるって」 

「襲われて、武器でも取ろうとしたのか?」

「わからない。でも、襲われたなら、その瞬間から視えなくなるはずだ」


一体なぜ、フレッドは用具入れを開けたのか。“本命”が早まった理由は?


考えるには、時間が足りなかった。


「ジルト、窓から門番が入ってきたら、すぐに公爵に知らせて」

「わかった!」

「ハルバは、ソフィアさんを徹底的に視て。ソフィアさんも、なるべくなら自分を視てください。たぶん、彼の狙いは貴方だから、考える暇を与えないようにしてくると思う。ハルバの指示に従って下さい」

「わかったわ。よろしくね、ハルバ君」

「はい!」


ジルトは、すぐにドアを開けられるように、ドアの前に立った。全員、ソファから離れる。


……それは、すぐにやってきた。


破砕音と共に、窓ガラスが割れる。生ぬるい夜風と共に、男が部屋に入ってきた。 


もう取り繕う必要もないというのに、男は、金ボタンの着いた門番の制服をきっちりと着込み、制帽を目深に被っていた。ゆらりと、ソフィアの方へ踏み出す。


ジルトがドアを開け、ガウナと学園長に、襲撃を知らせる。


ハルバは、数秒後を視る。男がソフィアにナイフを一振り、ソフィアがそれを躱した。


思った通り、男のナイフの腕は、クライスほどではない。躱そうと思えば躱せる。あとは、この男をどうやって捕まえる、ないしは、追い払うか……。


ーーいや、待てよ。なんでコイツ、ナイフを持ってるんだ?


ソフィアと男の攻防を見て、視て、決定権を行使できる場所を探しながら、ハルバの中にふと、疑問が湧いた。


あのナイフは、様子のおかしくなったジルトに弾き飛ばされたはず。二本持っていた? もしくは、補給した?


なんだか言いようのない、気持ちの悪いものが背筋を這ってくる。


ーー違う、集中しろ。どこかで決定権を、逆転できる場所を探さなくちゃ。


……その場所は、案外、すぐに見つかった。


ジルトが男の前に立ち、ソフィアを逃す時間を作ろうとする。ジルトが何かを言った途端、ジルトの首に迫っていたナイフの動きが止まる。


ーーここだ!


「ジルト、そいつの前に立ってくれ! ソフィアさんは、ジルトの後ろに行って!」


親友を危険に晒す行為だ。だが、“決定権”のあるハルバにはわかっている。ジルトは死なない。死なせない。


ジルトはもう、ドアの前から動き出していて、ソフィアの背後に迫っていた。ソフィアの体を押し除けてナイフを引き抜き、男と対峙する。


ーーこれで、決定権は得られるはず。


どんな一言が男の動きを止めるのかはわからない。ハルバはガウナとエベックに目配せした。ガウナの方はわかっているようで、聖剣を引き抜いた。


果たして、男の動きは止まった。ジルトの首にぴたりと刃を当てたまま、そこだけ、時が止まったかのように。


ジルトの放った、たった一言によって。











「フレッド……さ、ん……?」

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