門番の条件
あともうちょっと。
また一人減った代わりに、予知を聞きやすくなったと、ファニタが微妙そうな表情で言う。
「はっきり言って、“神の右目”を持っている限り、お師匠様は無敵。私たちがどうこうできることでもないけど……精一杯、足掻いてみましょう」
ジルトは頷いた。ジルト、ファニタ、ハルバ、ソフィア、フレッドの五人は、学園長室にあるソファに座り、現状を確認している最中だ。
「公爵が機転を利かせて、クレア学園長を足止めしてくれてる。今のうちに、どの決定権が本命なのかを探らなくちゃ」
「本命?」
首を傾げると、ファニタがセブンスの狙いを説明してくれた。どうでもいいこと……ではないが、小さいことの決定権を得た上で、それをブラフに使っていること。本命……つまり、人の命を左右する出来事は、予知の穴の先にあること。
「ハルバ、貴方は物量が得意なのよね?」
「あ、ああ」
「だったら、片っ端から視てって。大きく穴が空いてるところを探して」
「わかった」
「ソフィアさんは、ハルバの言った通りのブラフの前後を見ていってください。重要な情報が隠れてるかも」
「わ、わかったわ!」
ハルバには全体的に、ソフィアには重点的な予知を指示する。その手際の良さに、フレッドが目を丸くする。
「いや、すげえなアドレナちゃん。こんな状況でも落ち着いていられるなんて。俺なんか、小便ちびりそうだってのに」
「とてもそうは見えませんけど」
たしかに。茶化して言うあたり、フレッドにもまだ余裕があるようだ。殺されるかもしれないというのに。いや、それを言うなら、ソフィアもそうか。
ーー結局、師匠はどっちを殺すつもりなんだろ。
あの門番が襲撃してきた以上、殺さないかもなんて、甘い考えは捨てなければならない。ハルバの命さえ、獲ろうとしたんだから。
「……」
苦いものを感じて、ジルトは顔を歪めた。自分の恩人が、親友を殺そうとした。それだけで、十分だった。
ソファの上で拳を握れば、そっと、手が重ねられる。ファニタの手だ。彼女は、ジルトのことをじっと見ていた。優しい青が、細められた。
「大丈夫よ、ジルト。貴方のお師匠様を、人殺しになんてさせないから……ううん。貴方のお師匠様を、不幸になんてさせないから」
言い換えたのは、ジルトの復讐を認めている立場にいるからだろう。
重ねられた手のひらから、ファニタの体温が伝わってくる。心がぐらぐらと揺れていたのが、ぴたりと止まった気がした。
ーーそうだ、俺は、馬鹿なこと考えてる師匠を殴るんだ。
そう、それだけなんだ。
ジルトは、ふっと笑った。
「ありがとうな、ファニタ」
「いえいえ。さて、ハルバ。当初にされていた五分間隔の予知は変わった?」
「いーや、変わってねえ。俺もそれを期待して視てみたんだけど。ね、ソフィアさん?」
「そうね……今から二十二分後まで、事態は膠着しているわ。あ、二十七分後のあとに、フレッドさんがお手洗いに行った」
「何してんですか、こんな時に」
ジルトがジト目で睨むと、「いや、今の俺に言うなよ」とジト目で返される。
「生理現象はしょうがないだろが。ていうか俺、小便ちびりそうだって言ったし」
「まあまあ、漏らせとも言えないし、外には公爵もいるし、良いんじゃないか?」
ハルバが苦笑いで答えーー表情を、硬くする。
「次、三十二分後、視えない」
「そこから先は?」
ファニタの問いに、ハルバは首を横に振る。
「一時間後も、二時間後も。全部の時間を視たけど、そこから先は何にも視えない。たぶん、三十二分後が、本命だと思う」
「三十二分後……あまり、時間はないわね。いちばん良いのは、警邏を呼ぶことだけど……迂闊に外に出たら、標的になりかねない。学園長は、公爵が足止めしてくれてるけど、それのせいで、警邏が呼べないとも言える」
「と、いうことは、籠城?」
ソフィアの問いに、ファニタが頷いた。
「まずは、あの門番が窓から入れるかを確認しないと。フレッドさん」
「俺?」
「ちょっとそこに立ってみてください」
「わかった?」
フレッドが、窓の前に立つ。ファニタが頷いた。
「うん、あの門番と体格が似ていて助かりました。どうですか? その窓から、侵入できそうですか?」
「んー、なんとかいけそうかな?」
フレッドが、こんこんこんと、はめ殺しの窓を叩きながら言う。
「硬いな。これなら、すぐに割られることはなさそうだ。念のため、カーテン引いとくか?」
「いえ、脱出経路は確保したいので、あえて見えるようにしておきましょう。カーテンを引いたところで、あちらには、“神の右目”と、予知能力があるから、ここにいることは筒抜けです」
「ま、そりゃそうか」
「割ってくれた方が、脱出経路が二つになって、むしろ好都合です。二手に分かれることもできますからね」
なるほど、もしもセブンスとあの門番が二人で襲ってきても、戦力を分割できるわけである。
「私とジルトは窓の方、狙われてると思われるハルバとフレッドさんとソフィアさんは、公爵のいる方に逃げてください……あの人が、なんとかしてくれるはずです」
「ま、俺らを殺しはしないだろうしな」
「それで、フレッドさんなんですが、早く帰ってきてくださいね? 五分以内に帰ってくること。単独でいると、狙われやすいし」
「わかった! すぐに終わらせるわ!」
フレッドが親指を立て、ジルトとソフィアはそれを半眼で見た。
ーーやっぱり、緊張感足りねーんじゃねーのこの人。
廊下に立ちながら、ガウナは、気が気ではなかった。
もう、五分が過ぎている。アドレナ穣の落ち着きようを見るに、五分ごとの決定権は、さして重要なことでもないのだろう。
ーー僕がこの人を足止めすることで、五分ごとの予知は変わるんだろうか。
「……何か、考えておられるのですか?」
「いや、子供達の心配をしているだけですよ」
目の前の学園長は、学園祭の時と同じく、断固として、地下通路で見た物の話をしない。手応えはなし。
だからガウナは、時間稼ぎのために、違う話題を用意しなければならなかった。
「それにしても、あの男は、どういう経緯でこの学園の門番になったのですか? 身辺調査は?」
「痛いところを突かれてしまいましたね。もちろん、実施しました。ですが、甘かったことも否定できません。何しろ、信頼できる方からの紹介だったので……条件を満たしているならば、すぐに、と」
「条件?」
「学力と、身体能力。いちばんは、体格ですね。それだけで威圧になりますから」
なるほど、フレッドもそうだが、あの襲撃してきた門番も、同じように、がっしりしていて、体格が良い。刺客を送り込むには、もってこいの存在だったわけだ。
ーーフレッド君は、門番でいるべきだったんだなぁ。
いくら先輩の凶行を止めたいといっても、スパイを送り込まれたんじゃ、お話にならない。
「それで、信頼できる方とは、どなたなんですか?」




